神様と二人三脚 

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進級

04 26, 2015



4月に入って
色々と忙しく日々を
送ってました

新学期を迎え
こどもたちも
それぞれに進級させて
頂きましたが

今週は小学校の家庭訪問と
新学期最初の参観日が
ありました

ですので
最近の長女のことについて
少し書いておこうと
思います



長女は5年生に進級しました

4年生の学年末に
担任の先生には
クラス替えのご配慮と
新学期に新担任との懇談を
お願いしてましたが
早速それが叶いました

5年生は二泊三日の
宿泊学習があるので
その事も含め
心配していることなどについて
先生に聞いて頂きました。

それから
家庭訪問の際は
順番を一番最後にしてもらい
長女と一緒に
遊んでもらうように
お願いしました

今度の先生は優しそうだと
始業式の日に長女が
安心した様子で話してくれました
それでちょっと試してみようと
考えました。

家庭訪問では
長女の希望でアイロンビーズで
遊びましたが
先生と長女の会話は弾まず。。。
というか、なく。。。
先生の反応もこちらの予想通りで
かなり戸惑われてる様子
それでも一生懸命お付きあい下さいました

とうとう
先生と直接言葉は交わせず終いでした
(終始わたしが間で通訳する感じでした)

長女にとっては満足なひとときだったようです
長女がつくったイルカのビーズを
先生に持って帰って頂きました



このことで少しでも
先生と長女の心の距離が縮まり
学校での緊張が和らげば良いのですが。。

語りかけても反応がないために
相手に
「嫌われてるのかも?」
と誤解されてしまう長女
でも
表面には出ないけど
長女の気持ちは
確かにあるのです


今日は参観日でしたが
相変わらず長女は
周りのクラスメイトと
話す素振りはありませんでした

しかし
だからと言って
外されてるという
感じではなく
周りの子は分かってる様子で
気をつかってくれてるように
見受けられたのが
救いでした

教室には

「高学年としてお手本になろう」

「元気で笑顔であいさつ」等々

と目標が掲げられていましたが
長女にはことごとく
難しいことばかりに思えて
目に入る度
いちいちわたしの心にグサグサと
突き刺さりました
いやいや
親としてもっとしっかりせねばですね(^^;

先生のお話によると
長女は話せないけれども
掃除や日直など
とても一生懸命に
頑張っているということでした

話せない

けれども彼女なりの
一生懸命な姿勢は
本当にわたしの心を救ってくれます

今は教会の大祭に向けて
吉備舞の稽古を頑張っています


本日も読んで頂き
有難うございました

なーーーんか違う

03 27, 2015





少し更新が途絶えてしまいましたが
元気です(^-^)

3月は正に「去る」如くでした

気がつけばもう3月も下旬で
こどもたちは今日から春休み
油断してると
あっという間に新学期になりそうです(^^;

さてわたしは
来月5日には
御本部の天地金乃神大祭での
箏の御奉仕が決まっており
それに向けての稽古をはじめています(おそ(^^;)

典楽には
吉備楽と中正楽があるのですが
わたしは中正楽が
とってもとっても苦手です

幼いころからさせて頂いてたのは
吉備楽のほうで
箏での中正楽の経験は皆無です
とはいえ
学院の一年間で笙をお稽古させて
頂きましたので全く知らないという
わけでもないですが
笙に比べて
箏はなかなかタイミングを掴みづらく
わたしは呼吸をはかることが
とってもとっても苦手です

先月参加させて頂いた本部練習会でもついていくのが必死(^^;
そのときはつくづく
もっと経験を積まねばと
思わされましたが
実際
そのような機会に恵まれる環境ではなく
とりあえず今はCD相手のお稽古の日々です

そんな中でもっとこの中正楽を極めたい
という思いがあり色々調べていくうちに
中正楽のもととなる
雅楽へたどり着きました

そして雅楽を聴きかじり調べあげるこの頃(オイオイ、稽古はどうした?!笑)

そこで面白いなあと思ったのが
「音律」についてのこと


音律というのは

「音階(例えばドレミ)を構成する
それぞれの音程(音の間隔)関係を定める約束事」
のことです

わたしたちが日頃慣れ親しんでいる
ドレミの音律は
大概「平均律」という音律で構成されているものです
例えばまず幼少の頃わたしたちは
ピアニカを習ったと思いますが
これは平均律で調律されてあるのです。

この平均律は1オクターブの間の
12音(ドレミ)の間隔が一定です。

これは鍵盤楽器で色々な曲の表現を
実現するため便宜的に考えられた音律です


でも雅楽の音律は
それとは違う「雅楽律」
という音律なのです。

平均律と違って12音の間隔は微妙に異なります

雅楽律は元となる音に対して
ある法則に則り
相対的に音が
決められていったのです。

分かりやすく?説明すると

平均律は段差の等しい階段
雅楽律は微妙に段差が違う階段


この音律の違いについて語りだすと
長く難しくなるのでここでは省きますが
要はその音律が練りだされる過程や理由が違います

ほかにも有名なところで
バイオリンの調律で用いられる純正律や
グレゴリオ聖歌のピタゴラス律などあります

雅楽律に一番近いのはピタゴラス律だそうです

この音律の違いは
「分かる人には分かる、分からない人には分からない」という
微妙な感じの違いなのですが
その音楽を的確に表現するのには
この微妙な感じの違いがとても大切だ
なあと思うのです

例えばこの動画
ショパンの革命という曲ですが
ピタゴラス律で調律してあるようです
なーーーんか感じが違いませんか?

https://youtu.be/DcgAB7oVGmc




音律のことを知って
これは人の生き方でも同じことが言えるなあと思いました。

信心に基づく行動
道徳心に基づく行動
自分中心の欲に基づく行動

それら同じ行いのように見えることでも
なーーーんか違ってくる

似て異なるものなんだなあ
と思います

教祖様のみ教えにこうありました

「昔から、あの人は正直者じゃ、
神仏のような人じゃという者でも、
だんだん不幸なことが重なって、
世間では、どういうものであろう
というようなことがあろうが。
なにほど、人に悪いことをせぬ正直者でも、
人がよいのと神に信心しておかげを受けるのとは
別ものぞ。」

音楽にしても
生き方にしても
どこに基づくか

わたしは信心という律で
生活を奏でておれているだろうか?
実は別物になっていないだろうか?

時にはちゃんと調律して確かめる
またその違いに気がつける
感性を養う稽古が大切なんだなあと
気づかされました


さてさて
そんなことより
楽の稽古稽古(笑)
もうあまり日にちがありません(^^;

本日も読んで頂き
有難うございました

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1/2成人

02 27, 2015


今日は長女の10歳の誕生日です
とうとう10代突入
もうすぐ5年生になります

相変わらず学校のお友達と
ほとんどお話が出来ません
でも音読や決められた発表なら
小さい声ながらも出来ます

先日1/2成人式がクラスでありました呼びかけや自分の夢の発表も
そつなくこなしていました

長女の将来の夢は
「保育士」
なんだそうです

うちでの
明るくてお喋りで 
仕切り屋さんで
しっかり者の長女を見てると
保育士に向いているなと思います

長女はとても慎重で
次の日の日課を揃えるのも
念入りに丁寧にします 

何故なら
忘れ物が絶対出来ない
と思っているからです

先生に
「忘れました」が言えないし
友達に
「貸して」とか
「見せて」が
言えないからです

先日そんな長女が
忘れ物をしてしまいました

なんと習字道具

長女にとっては
とんでもなく一大事

わたしも
全然気がつきませんでした(^0^;)←ダメ母

ところが
思わぬ時間割の変更があり
習字の時間が無くなったそうです

「神様のお繰り合わせ頂いたね。良かったね」

と言うと

「うん、その時一生懸命お願いしたんよ」

と興奮気味で長女が言いました

ついこの間
「神様はいない」と言ってたのに
とは思いましたが
それは言わずにおきました


そんな長女は
進級がちかくなり
上級生としてするべき役にあたることについて
とても不安に感じているようです

最近は
とても疲れた様子で学校から帰ってきます
家でもいつもより心なしか
イライラしています

担任の先生は
勉強も出来るし大丈夫ですよ
問題ないですよの
繰り返しなので 
あまり根ほり葉ほり
学校での様子を聞けなくなりました

先生には大人しくて従順で
問題ないのでしょうが。。。

このままだと
ある日突然緊張の糸が切れて
学校に行かないと言うかも?
という親としての心配は
常にあります

でももしそうなったら
それはそれで
受け入れようと思っています

毎日よく頑張っていると思うから


これまでの10年
母としては
長女の背中を祈ることしか
出来ませんでした

懲りずにここからの10年もまた
長女の背中を祈っていきます

どうか
長女なりの花を咲かせることが出来ますように
長女らしく生きていけますように

神様が長女にかけてくださってる願いが成就しますように

今日はいつもに増して
学校へ向かう長女の背中に祈りました



本日も読んで頂き
有り難うございました

新楽員として

02 17, 2015



先週末
一泊で典楽会の本部練習会へ
参加させて頂きました

こどもたちのこともあるので 
一泊は難しいかなと当初は
考えていましたが
主人が何も言わず
送り出してくれました
おかげで安心して
御本部へ向かわせて頂きました
新幹線の中では
色々と反省しきりでした
まだまだ家族への感謝が
足らないわたしです

ご霊地に到着し、
会場に着いてから知ったスケジュールは
思っていた以上に過密でした(^。^;)
前日は準備などで殆ど寝られず
体も絶不調で到着した段階で
フラフラでしたので
ついていけるか心配でしたが
せっかく神様のご都合お繰り合わせを
頂いて参加させて頂けることになり
主人やこどもたちも辛抱してくれて
いる(いや、のびのびしてるかも?)ので
この二日間精一杯おかげ頂きたいと思いました。

右も左も分からず
早速行くべき部屋を間違えてみたり
忘れ物をしてみたりしましたが
分会や支部の先輩先生方が
いろいろ助けて下さいました

班に分かれてのお稽古は
とても緊張しましたが楽しかったです
分会や支部でのお稽古でもそうですが 
楽の事だけに頭も心も集中して
お稽古出来るというのは
とても贅沢な時間です

夕方からお仕えになられた
典楽祭も初めてお参りさせて頂きました
吉備舞が奉納されましたがその一つに
「天地(あめつち)」
がありました

長女が初めて舞を奉納させて
頂いた曲でした
長女が吉備舞の御用を受けてくれた事がわたしの楽員試験受験のきっかけとなりました

典楽の御用から身も心も
すっかり離れた十数年間のことと
今こうして楽員として典楽祭を
拝ませて頂く自分とを思い比べて
何とも不思議な気持ちにならせて
頂きました

当時のことが改めて蘇り
神様がここに連れてきて下さったと
感慨もひとしおでした

金光教典楽会は
昨年結成60年を迎えられたそうで
その記念の式典もありました
そういう記念のお年柄に
楽員にならせて頂き
勿体ないことだなあと思いました


次の日の早朝

新楽員の紹介ということで
参加された皆さんの前で
認定状と記念品
そして金光様からお下げ頂いた御神米を一人一人に頂きました


大昔の話ですが
中学生のころ
当時の吹奏楽部の先生から
音大の付属高校への受験を勧められ
たことがありました
しかし両親からの大反対を受け
受験を諦めました
そのことは後々
自分の心のしこりとなり
事あるごとに 
簡単に諦めてしまった
自分を責めたり
親を責めたり
自分の境遇を責めたり
さらには神様を責めたりすることが
幾度となくありました


でも今
こうして楽員として
お引き立て頂き
金光様から御神米をお下げ頂いて
神様はちゃんと
おかげを用意して待って下さっていたんだと思いました。

進みたかった音楽の道を
教会の御用の為に諦めるしかなかった
わたしに
神様はちゃんと
典楽の道をつけて下さった
御神米を頂きそのことに改めて
気づかされました


二日目も順調に稽古のおかげを
頂き
無事に帰路につかせて頂きました

帰りは
今度春の天地金乃神大祭で
一緒に御奉仕させて頂く先輩の先生がビールとカツサンドを奢って下さり
美味しく頂きました

予定通りに駅までかえると
主人と次男が迎えにきてくれました

夕食も入浴も既に終えて
待っていてくれ
わたしより
行き届く主人を
もっとわたしは大切に
せねばと思いました(._.)

この二日間で沢山のことに
気づかされました
そして課題も頂きました
このことをもって
春の本部天地金乃神大祭の初
御奉仕に向けて
また稽古の日々が続きます



本日も読んで頂き
有り難うございました

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腹立てば。。。

02 10, 2015




わたしは以前から
PMS(生理前症候群)の傾向が強くありました

生理の3日前から10日前ぐらいの間
体調が悪くなるものです

その月その月によって
症状は様々で
軽い時もあれば重いときもあります

軽症うつ病と診断されてからは
うつ病のことばかりを
気にしていましたが
最近はうつ病の方は
おかげを頂きつつ
あります

しかしうつ病のことを
気にしなくて済むように
なってからは
再び生理前の症状が
顕著になってきました

軽いときには
眠気と食欲増進(体重増加(>o<))、そして浮腫ぐらい
ですが

重いときには
それらに加えて
気分のイライラや落ち込みや
不安感が強くなります

ストレスがあればあるほど
その傾向は強くなるので
この時期には
あまり用事を入れずにのんびり
過ごしたいところですが
主婦業と教会の御用は
そうも言っていられません

この時期が無事に過ぎると
本当に心が晴れやかに
なります

でもタイミング悪く
その時期に何事かがあると
ややこしいことに
なってしまうのです

先日もあることで
とてもわたしが腹を立てて
しまいました

普段でしたら
冷静に対応出来たことですが
PMSの時期と重なり
思いあまってつい
余計な一言を言ってしまいました
 

後になって
冷静になって考えてみると
わたしは何をやってるんだろう
何であんなことを言ってしまったのだろうと後悔ばかりで
さらに気分が下降します
まさに願いとは逆行してしまうからです

本当にややこしいわたしです(T_T)

「腹立てば心の鏡の曇ること」

正にそうだと思います

腹を立てると
おかげを頂いていることが
途端に見えなくなってしまうのです

不平不満愚痴不足が
モクモクと心を包んでしまい
正しいことが正しく見えなくなってしまいます

PMSのこの期間は
ある意味
わたしの信心が
本物かどうかの
お試し期間です(^0^;)

今月は大失敗でした。。。

来月は失敗しないように
日頃の信心を肥やしておきたいものです



本日も読んで頂き
有り難うございました
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神様はいない

02 05, 2015


先日
楽のお稽古に一緒になった
Aさんに 
息子さんから
「神様って本当にいるか」
と質問されて言葉に困ったという話をしてくれました

Aさんはあらゆる自分の知識でもって
金光教の神様のことを
言葉を尽くして説明したけれど
否定されるばかりだった
ということでした
 
息子さんは中学生でちょうど反抗期なんだろうな

わたしは親身に耳を傾けつつも
その話をどこか他人事で聞いていました
 
しかしそれは
神様からのわたしへの伏線でした


その日の夜の団欒の時のこと

長女が突然
「私は神様はいないと思う」
と言うのです(゚Д゚)

わたしは
絶句しました


長男は黙っていました

幼稚園の次男は
「え?二階におるよ?」と
言いました

主人は
「LOTO6を当ててくれる神様はおる」と茶化しました

主人には
「そんな都合のええ神様はおらんよ」と笑って返したものの

神様はいないと思うと言った長女に
納得のいく答えを
返せないわたしがいました

いろいろ言葉を尽くして説明していたAさんと
絶句する自分を
頭の中で
比べていました

わたしは神様に背中を向けたことは
あっても
いないと思ったことはなかったなあと思いました


それに
上の2人は毎朝
神様を拝んでいきます 
長女も吉備舞奉納のおかげを
頂いています 

それを喜び
それで安心していたわたしが
いました、が。。。



どんな言葉で話せば
分かってもらえるだろうか?
神様を感じてもらうには?
いろいろ頭の中に巡ります

「あなたの心臓は誰が動かしてくれてるの?」
「自分で動かしてるんだよ」

そうあっさり答える長女に
またもや絶句

そしてしばらく母立ち直れず(^0^;)

長女の心を改めて知り
神様から
「あんたの信心は真になっていない」
と言われたような心持ちがしました  

 
それは
神様がいないという長女や家族と共に
わたし自身がお育てを頂きなさい
ということです

我が一家はまさに
信心の練習帳です


見事に振り出しに戻りましたが
諦めてなるものか(笑)

「ここから」
改めてスタートです



本日も読んで頂き
有り難うございました


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シベリア抑留って何?

01 08, 2015


このブログでは
わたしの生活や信仰の話を
中心にアップしておりますが
平和についてのカテゴリーをもうけて
記事をいくつか書いております
しかし
もうかれこれ一年半近く
更新していませんでした(^。^;)


今年は終戦から70年という
節目の年ですので
平和について
わたしなりに求め
このカテゴリーもなるべく多く
更新出来たらいいなあと
願っています


太平洋戦争と言えば
広島・長崎の原爆投下
東京大空襲をはじめ各地の空襲
沖縄戦
硫黄島の戦い
特攻隊
満州からの引き揚げの悲劇
中国残留日本人孤児などが
よく知られていると思います


わたしは
父がシベリア抑留経験者であることから
まずはこのシベリア抑留を知る
ということを中心に
戦争と平和を考えています




改めてシベリア抑留とは
何かということを
簡単に紹介します  


太平洋戦争末期の
昭和20年8月9日
旧ソ連(今のロシア)は
日ソ中立条約を一方的に破棄して

日本に対して宣戦布告し
満州国(現在の中国、当時日本の占領下)や北朝鮮、千島列島、樺太に侵攻しました

そして同月15日、ポツダム宣言を受け入れた日本は敗戦

日本の軍隊は武装解除され
海外に居留していた日本人の各地からの引き揚げが開始されるのですが
旧ソ連軍占領下(旧満州や北朝鮮、樺太や千島など)の
関東軍と民間人約60万人は
シベリアを中心とした旧ソ連占領下の
収容所(約2000箇所)に抑留され
冬は-30~40度にもなる酷寒の地で
強制労働させられました

主な労働は
炭坑の石炭掘り、木材伐採、線路工事、建築などなどです


それぞれに労働にはノルマを課せられ
まともな食事も与えられないばかりか
「働かざる者食うべからず」で
ノルマを達成出来なかったら
さらに食事を減らされるなどし
抑留者たちは飢えと寒さと
絶望の中で奴隷のごとく
ひどい扱いを受け続けました

さらに抑留者に対して
旧ソ連は
民主化運動を進めました
(共産主義への思想改造)

抑留期間は短い人で1年
長い人は十数年に及びました

ちなみに父は約3年の抑留生活を
余儀なくされました

この抑留期間に命を落とし
帰還出来なかった人は約5万5千人
と言われています

しかしその大半は未だに凍土の下に
眠っています

70年前に終わったと言われる戦争ですが
実はまだ「終わっていない」のです





本日も読んで頂き
有り難うございました
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今月今日

01 01, 2015



新年明けましておめでとうございます

またまたご無沙汰している間に
年が明けてしまいました

わたしは
家族共々
元気にお正月を迎えさせて
頂いております

放置状態になっているにもかかわらず
ご訪問下さった方々
本当に有難うございます

引き続き本年も
このブログは
相変わらずゆっくり更新ですが
気長にお付き合い頂けたら嬉しいです
どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m


昨年を振り返ってみますと
信心は一向に進まないままで
あるのに
沢山の神様のおかげを蒙らせて頂いて
きたことに改めて
気づかされています

主なところを取り上げますと
教会の奥城(お墓)建立
三代教会長(祖父)の40年霊祭奉仕
それから典楽会の本部楽員試験合格
親教会の少年少女会に加えて頂き
親子で全国大会に参加させて頂けたこと
連合会諸々の御用にお使い頂いたこと

他にも数えきれないおかげを頂きました

そして気がつけば
うつの症状も少しずつ安定して
元気に御用させて頂く日が増えたこと

これが一番のおかげかもしれません

しかしこんなにまで
おかげを下されてあるのにも関わらず
どこまでも
御礼の心が足らない自分
頭では分かり
口で語りつつも
心と行いが伴っていないこれまでの自分を
省みているところです

さて年が改まり
毎年恒例のみ教えくじ
今年もひかせて頂きました

昨年は
「神徳を受けよ、人徳を得よ。」でした

このみ教えを指針として
生活の中で自分なりに求めて参りました

その中で悟らせて頂いたことは
己の心が一番あてにならないこと
人を頼りにしてはならないこと
自分のああしたいこうしたいという
思いに執着せず神様のお計らいを
信じていくこと
どのようなことが起きてきても
神様の方に心を向けることです

今年も引き続きその稽古をさせて頂きたいと
思います

そして
今年頂いたみ教えは

「今月今日一心に頼め。おかげは和賀心にあり。」
です


今年は先代教会長である母10年の式年です。
つまりは教会長にお取り立て頂き10年。
またもや私にとっては大切な節年であり
この10年の総仕上げの年なのです
今月今日
一日一日を
大切にさせて頂きたいです


本日も読んで頂き
有難うございました
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喜ぶこと笑うこと

11 14, 2014


ここ数日で
教会の周りも
めっきり冬の空気になりました
この冷たい空気を吸わせて頂くと
あの頃のことを思い出します

気がつけば
軽症うつ病と診断を受けて
ちょうど3年を迎えさせて
頂きました

最近は寝込むことは
ほとんどなくなり。。。

落ち込むことは
たまにはありますが(^ω^;);););)
おかげを頂いて
悩み過ぎないように
させて頂くことが出来てきております

お薬のお世話にならずに
一日を
過ごさせて頂いていますが
バリバリに働くことなどは
出来ておりません

私の周囲には
休む暇なく
一日中働いている方が多いせいか
その方たちと比べ
自分のこのゆったりペースが
何か悪いように思われ
自分が怠けているように感じられたりして
辛いときもありましたが

今は
「わたしはわたし。人は人。」
と思うことにしました

のんびりペースの日々の中で
出来たことを喜び
出来なかったことを
願いとして神様に心を向けていく稽古を
させて頂いています

今は病気を治すことよりも
病気になってしまった自分の心を
見つめ改まることに
取り組んでいます


ここまで来させて頂けるまでに
一進一退の繰り返しでした
もちろんこれからも
まだまだ油断は禁物です




さて
今から一年くらい前のことでしょうか
心を改めるということについて
心に残る出来事が
ありました


あるとき
わたしがなにかを観て
無意識のうちに笑っていたのを
長女が目撃し

「見て見て!お母さんが笑ってるよ!」

と弟達に報告しに行きました

そして弟達も合わさり3人で

「お母さんが笑った♪お母さんが笑った♪」

と小躍りしながら大喜び(笑)



そのようにこどもたちに言われた時
初めて
それまでの
笑うことが出来なくなっていた自分の有様に
ハタと気付かされました


わたしが笑うことが出来ると知った
こどもたちは
わたしをまた笑わせてやろうと
手をかえ品をかえ
いろいろと仕掛けてくるようになりました

最初はそれでもなかなか素直に
笑う気持ちになれなかったのですが
このこどもたちの喜ばせよう笑わせようとする心は
わたしの固くなな心に沁みたものです

こどもというのは
親の心を見透かしているのか
わたしが心から笑っていない事を
ちゃんと
分かっていたのです
わたしが心から笑うと
こどもたちは喜んでくれるのです

うつ病のひどい頃には
かわいいはずの
こどもたちと会話することも
苦痛に感じられたこともあったのですが

気がつけば
こどもたちが喜んでくれることが
とても嬉しく感じられるわたしに
ならせて頂きました


これは
人に喜んで頂くわたしにならせて頂くためには
まず自分が喜ぶことがいるのだと
気づかされた出来事でした

それからは
日常の中で
喜びを見つけていくこと
そしてまず自分が喜ぶこと
そのことが
日々の目標となりました

そしてこどもたちとの
この出来事をキッカケに
再び
わたしは心から笑うことが出来るように
ならせて頂きました


四代金光様の御歌
「ここまでは 出来たとよろこぶべきことを これしか出来ぬと いひてなげくか」



一日一日
喜びをかみしめ
これからも
心から笑わせて頂けますように(*'∀'人)



本日も読んで頂き
有難うございました

気がつけば大道の上に

11 05, 2014



ご無沙汰してます
更新が1ヶ月以上途絶えてしまいました


書きたいことは沢山あったのですが。。。
ブログを書くことを
控えているうちに
ブログを書く調子が
狂ってしまった気がします(^^;
不定期でもなんでも
続けるということは
力になるものだと実感してます

相変わらず
やるべきことが山積ですが (まだかいな、(^^;)
こちらも細々と続けてまいりたいと
思います




さて先日、
教会の教祖生誕200年生神金光大神大祭と
三代教会長(母方の祖父)40年の式年霊祭の
奉仕のおかげを頂きました

体調も天候も万事に
差し支えないおかげを頂き
もったいないことでした

大祭で祭主の御用を頂き
引き続き
今度は親教会親先生ご祭主で
三代教会長の霊祭が仕えられました


その後の吉備舞奉納では
親箏をさせて頂き
舞人の長女とともに
お供えさせて頂きました

お引き寄せ頂かれた参拝者は
相変わらず少なかったです(^-^)

しかし
今こうして御祭が仕えさせて頂けることが
おかげそのものであり
有難く尊いことなのだと
心から喜ぶことが出来
そのように思えるように
ならせて頂けたことが
また嬉しくもありました



そして昨日は
親教会に御礼参拝させて頂きました

いつもはわたし一人での参拝ですが
昨日は叔父(母の弟)と共に
お引き寄せ頂きました

親先生ご夫妻が
大変喜んで下さいました

きっと神様も御霊様も
喜んで下さってるに違いないと
思いました

というのも
叔父とは20年以上前から
関係が悪くなっていたからです

わたしの両親は
それぞれが亡くなる際まで
その事を大変心配しておりました

しかしその後
わたしが教会長にお取り立て頂いてからも
関係がさらに悪化しました


わたしは叔父に対して
何度も腹を立てたり
逃げ出したい気持ちにかられたり
したものです


人が助かるためにある教会で
このような揉め事があるということは
あってはならないことなのでしょうが。。


わたしもその最中は
苦しい気持ちで一杯で
御用させて頂く喜びなど
心から感じることはなかったです

親先生ご夫妻や
在籍のご信者さんには
この事で随分ご心配をおかけしたと
思います


親教会のお結界では
何度も悔し涙を流したかしれません
その度に
親先生ご夫妻から
「辛抱させて頂く」ことを
教えて頂きました

今振り返って改めて思ったことですが
この叔父との関係が
私自身の心を鍛え
信心を育てて下さいました

この叔父とどのように向き合い
どのように受けていくかが
わたし自身の修行そのものでした

迷いに迷いながらでは
ありましたが
親教会の御取次と御祈念を頂きながら
辛抱させて頂くうちに
叔父との最悪な関係も
数年前の記念祭の頃から改善していきました

叔父との間の蟠りが
少しずつ消えていき
今では穏やかにお話が出来る関係にならせて
頂けたのです

さらに今年
叔父のご厚意で
三代教会長の墓地の敷地内に
わたしの嫁ぎ先の家のお墓と
教会の奥城を建立させて頂くおかげを
蒙らせて頂きました

バラバラになってしまった心が
一つに結実した心地がしたものです

そしてこの度
三代教会長の式年祭が
無事に終えさせて頂けたことを
叔父も大変喜んで下さり
自分も親教会へ御礼参りさせて頂きたいと
言って下さいました


これは10年前のわたしには想像もつかなかった
ことで
天地がひっくり返っても
あり得ないだろうと思っていたことです

お結界では
霊祭の祭詞のなかで
親先生が詠んで下さった歌を
色紙に書いて叔父にお下げ下さいました

色紙には

「勇み立ち
神に向かふに
不動心
輝きとどめし
(三代教会長)大人はや」

という歌が書かれてありました



親教会では
奥城殿にも参拝させて頂き
うちの教会の二代兼務教会長で
あられた先代親先生の御前で
御礼の御祈念をさせて頂きました




親先生は
「あなたの信心辛抱がおかげになったなあ」
と喜んで下さいました

わたしはずっと
大道からそれていて
なんとか
大道に戻らせて頂きたいと
右往左往しながら
さまよっていたように
思っていましたが
そうではなく
元から大道を歩かされていたことに
気づかされました

どこにいても神様の御徳の中

真のおかげとは
まさにその事に気づかされることだと
思いました



頑固一徹で
己の信念を決して曲げなかったという
三代教会長(祖父)の
神様に向かう不動の心

これからは
その心を少しでも頂きたいと思います



本日も読んで頂き
有難うございました


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fonwaka2

Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
読んでくださっている方々も
これから
読んでくださろうとしておられる方も
信仰をお持ちの方も
そうでない方も
ここで出会ったのも
何かの御縁
末永く
よろしく御願いします^^  


忌憚なくご意見やご感想をお聞かせ
下されば幸いに存じます


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