生活 | 神様と二人三脚 

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03 19, 2013




一昨日
無事に長男の卒園式が終わりました。
緊張した面持ちで
証書を受け取りに行く長男の姿は
背丈は小さいけれど、
すっかり幼児というより、
少年の佇まいで凛々しく見えました。

本当にいつの間に
こんなに大きくならせてもらったのでしょう?


長男が通っていた幼稚園では
卒園の記念品として、
先生お手製のアルバムをくださいます。

そのアルバムの中には
年少さんからの3年間の
幼稚園生活を送る長男を写した写真が
沢山に、そして可愛く綴じられているのです。

表紙は、長男自身が書いた絵で
綺麗に製本されています。
長男は、幼稚園の大きな砂場の周りで
友達と鬼ごっこをしている絵
お父さんと自転車に乗る絵を書いていました。

まさに世界でたったひとつの素敵なアルバムを
頂きました。

年少さんの長男が
当たり前ですが本当に小さくて
こんなに、こまかったんだなあーと
思い出しつつアルバムを見ました。

そして改めて3年間
よく頑張って通ったなあと思いました。

そのアルバムの最初に載っている
園長先生からのおくる言葉を
ご紹介します。





「手」

右の手で箸をもって食べる
右の手で鉛筆をもって字を書く
右の手はよく働くように見える
左の手は何もしていないように見える
しかし、左の手が使えなくなると
ご飯を食べることも、
字を書くことも出来なくなる事に気が付きます。
しっかりと支えてくれていたお陰があるからこそ
食べることも、書くことも出来るのです。
そう気付いた時、右手も左手も共に
「ありがとう」と一つに合わさるのです。
それが合掌の姿であり、感謝の姿であり、
それは、み仏さまのお心であると、思うのです。
これからも、何事につけても、
お陰さまを忘れず、
支えられている事に思いを致し、
自分が出来る精一杯を尽くし、
心の優しい立派な人になって下さい。




わたしの母が昔、
脳梗塞で左半身不随になったとき、
右手が麻痺しなくて良かったと安堵しました。
しかし、右手だけで何かをしようとしても
安定しない母の姿を見ていて
左手ってただ遊んでるんじゃないんだと感じたものです。




親として
何もしてやれなかったような気のする
3年間でしたけど
長男は立派に成長させて
頂きました。

それは、
本人だけの力だけでも
わたしたち親だけの力だけでもなく
沢山の支えて下さった手があったればこそです。

見えないところで支えて下さっている「手」

神様、御霊さま、み仏さま、そして
関わりあるすべての人の御心に支えられてのこれまで。

そして、これからも、
学びの庭は変わっても
沢山の手によって
支えて頂くことになります。

お陰さま
お陰さま

これからもずっと
大人になっても
お陰さまで
生きられるのです。


そう思うと
人間にとって
生きておられるということは
実に幸せなことなのですね。

歳をとればとるほど
支えて頂いた手は増えていくのです。

今年40歳のわたしは
6歳の長男よりはるかに多くの「手」に
支えられて生きてこられたはずなのですが、、、
果たして
わたしは、ちゃんとその「手」に
感謝出来ているのだろうか?
そういう生き方になっているだろうか?
などと、アルバムを眺めながら
思い巡らしています。



本日も読んでいただき、
ありがとうございました。



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もうすぐおわかれ

03 08, 2013



いよいよ来週末に
長男の卒園式が迫ってきました。

もうすぐ小学校という実感が
長男には未だないようで
朝は相変わらず
お姉ちゃんが学校に出かける頃に起きてきて
バスが迎えに来る9時過ぎまで
ファンヒーターの前に陣取り
のらりくらりと
TVを見ながら準備する長男を見て
本当に四月から小学生に
なれるんやろかー?(⌒-⌒; )と
心配混じりのため息をつきつつ、
見守っております。


そんな中
昨日は幼稚園のお別れ会に行ってきました。

お別れ会では、
親子で昼食を頂きながら
先生や役員の方々が催して下さる
出し物を楽しみました。

園長先生お得意のギターの弾き語り
(しかも曲のチョイスが昭和の香り、笑)
先生方総出演の体当たりの寸劇
役員の方々のお世話によるゲームなど。。。

いろんな方々に支えて頂いての
幼稚園生活だったなあと改めて思いました。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、
最後は年長園児達がお世話になった御礼に
合唱してくれました。

一生懸命歌うこどもたちの姿が
本当に可愛らしくていじらしくて
わたしまで泣けました。

一生懸命な歌声を聴きながら
長男の幼稚園生活が怒濤の如く
過ぎ去ろうとしていることに愕然としつつ、
母としてしっかり幼稚園生活を支えてやれなかったことを
省みていました。

長男が入園してまもなく教会が水害に遭い、
年中さんに進級してからはわたしがうつ病を患い、
年長さんになってすぐに教会の記念祭

次男のお世話や
長女の小学校入学などもあって
長男のことは
二の次、三の次になっていたことは否めません。

そういえば長男は、
バス通園なのですが、
よくわたしに園まで迎えに来てと言っていました。
わたしも昔バスで保育園に通ったので
園に直接お母さんがお迎えしてくれる子が
羨ましいという
長男の気持ちはとてもよく分かりました。
しかしながら実際は
わたしが体調の優れない日が続いて
要望に応えられなかったことの方が多かったことを
思い出して申し訳ない気持ちで
一杯になりました。


合唱が終わって席に戻ってきた
長男に
「なんでお母さんが泣くのよ?」
と笑われてしまいました。


さて、一夜開けて
今日は幼稚園で最後のお弁当日でした。

たまのお弁当さえも
満足に作ってあげることが出来ない日も
ありました。

今日は三年間の色んな気持ちを込めて
作って持たせました。


幼稚園から帰ってきて
お弁当箱を開けてみると
ピカピカに洗ったお弁当箱が、、、。

「先生が洗ってって言ったから」
あらってくれたそうです。(笑)

お手紙まで添えてあり、
「またおいしいおにぎりつくってね。
おかあさんのおにぎりだいすき」
と書かれてありました。

先生に言われて書いたそうです(笑)

そして
長男はおもむろに正座をして
「いつもありがとうございました。
これからもよろしくお願いします」
と、ぺこりとお辞儀

母「それも先生に言われたんね?」
長男「そうそうそう(^^)」
母「(笑)」


いつも、決まって
手抜きの!
三角おにぎり入りのお弁当だったんですけどね。
それを
おいしいと言って喜んで食べてくれたあなたに
何度もお母さんが救われました(泣笑)


あっという間に
こどもって大きくなっていくのですねえ。。。

ここまで元気でよく頑張りました。
ここからまた頑張ろうね。
ダメダメ母さんを引っ張っていっておくれ(笑)



本日も読んで頂き、
ありがとうございました。




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あなたなりの生き方を

02 28, 2013


昨日は長女の8歳の誕生日でした。

そして
一昨日は2年生最後の参観日に
行かせて頂きました。

教会ではとっても元気でも
外では恥ずかしがり屋さんで
特に同世代のお友達の前だと
黙りこみ、笑顔がなくなる長女。

登下校班のお友達の輪に
入れずに
後ろをトボトボと
一人で帰る姿を見かけると
なんとも胸の締め付けられる
気持ちになったものです。

授業参観の度に
教会にいる時より
笑顔が明らかに少ない長女を見ては
わたしの方が辛くなっていました。

もっと積極的になってくれたら、
もっと友達と関わろうとしてくれたらと
何度も思いました。

元気に他愛のない笑顔で話しかけてくる
他所のお子さんを見ては
なぜ長女はこんな風に
出来ないのだろうかと悩みました。


どうすれば学校での長女が変わってくれるのかと
考えていくうちに
行き着いたのは
「長女を変わらそうとするのではなく、わたしが変わればいいのだ」
という答えでした。

わたしは、この悩みの根本に
自分自身の難儀な姿があることを
知りました。

わたしも、長女と同じだったのです。

そこからわたしは、
自分自身のこうなりたいという願望を
長女に押しつけていたようなものでした。

だから
わたしの理想をあてがうのではなく、
長女なりの生き方を
ちゃんと見て行こうと思いました。

そう考えを改めると
精一杯で学校生活を送っている長女の姿が
見えてきました。

これまで一度も学校に行きたくないと
言ったことがない。

クラスのこどもたちの悪口を言わない。

音楽の授業が大好き。

給食を余したことがない。

蚊のなくような声でも、
みんなの前で発表が出来る。

出来るようになりたいと思ったら
諦めずにコツコツと頑張ろうとする。

などなど。



8歳までよく頑張ってきました。
きっと言葉にはまだうまく
出せないけど
小さな心で精一杯で生きてきたと
思います。

これからは
もっと長女らしさを
認めてあげられる母にならせて
頂きたいと
これまでの反省を込めて
思う母です。






本日も読んで頂き、
ありがとうございました。




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親の言い分、子の言い分

02 19, 2013





わたしは、ひとりっ子です。

兄弟がいないということについて
寂しいと思うことが度々あります。

ですから、
自分が結婚したら、
出来るだけ沢山こどもが欲しい
と思っていました。
自分の子には兄弟のいない寂しさを
味合わせたくないとの思いからです。

そして願いは叶い、
今は3人の子のお母さんにならせて頂きました。
本当に有難いことです。


ところがです。
毎日毎日
うちの3姉弟の様子をみてると
たまにどうしたらいいのか
分からないことがあります。

例えば、兄弟喧嘩。

わたしは
兄弟喧嘩の経験がないので
本当に戸惑うばかりです。

こどもたちの喧嘩が勃発すると
それぞれの主張を持って
わたしの所に次々に訴えにきます。
大概どちらの言い分も
それぞれの立場からしたら正しいので
解決を託された親としては
その落し所に大いに悩むわけです。


ひとりっ子のわたしは、
こういう兄弟喧嘩の
苦労はありませんでした。
兄弟喧嘩に対応する親の姿も
見て育っていません。
ただただ
喧嘩出来る相手がいる、ということが
とても羨ましかったものです。

でも、わが子の様子をみていると
兄弟喧嘩って
それぞれにとって切実なんだなあと
改めて感じます。




それから
直接的な喧嘩ではないですが、
親の愛情の奪い合いというのも
ありますね。
これは、最近我が家で
顕著になってきました。


先日の事です。

いつもわたしは
一緒の布団で次男と寝ています。
その次男の横に
長女が自分の布団を並べて寝ています。

その長女が最近
わたしの横で寝たがるのです。

では
長女と次男の間に
わたしが寝ればいいのですが
わたしは、両側でくっついて寝られると
大変息苦しくなって
寝られなくなるのです。
(狭所恐怖症なのでしょうか???)


ですから、
それは勘弁して欲しいと言いました。
すると長女は、号泣してしまいました。

わたしからすれば、
そんなに泣くようなことではないと思っていました。

だって、同じ部屋に
すぐそばで布団を並べて寝ているわけです。

確かに別々の布団に寝ているけど、
長女は、7歳
次男は、3歳
この年齢差で待遇に少し違いがあっても仕方が無いわ
それにわたしが長女の年頃には
一人で部屋で寝ていましたから
泣くほどのことではないわなどと、
わたしは思うわけなのです。

しかし、長女には
その言い分は通用しませんね。
いくら説明しても泣くばかり。
その泣き声がいじらしくも聴こえ、
わたしの心にズシズシと響くのです。
この泣き声が聴こえているうちはいいけども、
そのうちその泣き声さえも
聴こえなくなってはいけないなあという思いもあり、
結局は
寝入るまで辛抱して二人の間で添い寝しています。
(本当はずっとそばで寝てやりたいけど
どうしてもダメ(;^_^Aなんでだろう??)

泣き顔で寝る長女を見ながら思いました。
わたしは、
ひとりっ子故に
兄弟のいない寂しさは知ってるが、
一方では親の愛情を独り占めしてきたので
長女がこんな風に泣いて味わうような寂しさは
経験したことはなかったなあと。


わたしからしたら、
3人のこどもたちの
どの子が可愛くて、
どの子が可愛くないということはないのです。

どの子もみな可愛い。

でも、こどもたちは
そうは見てくれません。

この寝床の並び方ひとつにしたって
長女のことが嫌いなわけではない。
でも長女の目には
お母さんはわたしより次男を可愛がると映り、
わたしに拒絶されているとさえ、
感じてしまうようです。



当たり前ですが、
親子とは言え、別個の人間。
顔も素性(そせい)も育ちも違うのです。
感じ方に違いがあって当然ですね。

個性ある3人の子を
神様から託されたわたしたち夫婦は
親として
それぞれのこどもたちの真正面に
いつも向いて居てやらねばならないなあ

その為には
時に親としての自分の言い分は、
横に置いておいて
辛抱してこどもの言い分に付き合ってやること
子育てとは
その葛藤の連続だなあと思います。


それをふまえて
改めて自分を省みると
ついつい同性で一番上の長女には
分かってくれるだろうと
自分の価値観を
そのまま押しつけている
わたしの姿が浮き彫りになってきました。

きっと、長女は
わたしが気がついていないところで
いっぱいいっぱい
辛抱してくれているんだろうなあ。

母とは言え、わたしもまた人間です。
ー育たねばならぬー
わが心の持ち主だなあと
毎夜、
狭い寝床にて
思いをめぐらしているところです。





本日も読んで頂き、
ありがとうございました。



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親であろうとし続けろ

02 12, 2013




御用に子育てに
忙しい日々で
今ではめっきり
テレビというものを
観なくなりました。

ちなみに我が家のテレビは
一台のみ。

ちなみのちなみに
地デジを録画出来るものも
ありません。


ですから
こどもたちと主人のチャンネル合戦は
日々熾烈に繰り広げられるのですが、
わたしはというと、
全くの蚊帳の外であります。

それはそれでいいのです。
家族と争ってまで
テレビを観たいとも
あまり思わなくなりましたから。

なーんて思っていたのですが
ところが今は違います。

忙しい合間をぬってでも
家族と争ってまでも(笑)
どうしても観たい!
というドラマがあるのです。

それは
日曜劇場「とんび」


奥さんに先立たれ、
不器用ながらも生きて行く父と子の物語。

毎回、号泣ものです。


つい、原作本も買ってしまうという
重度のハマりよう、、、。(;^_^A

そして、この度は
主題歌にもハマりました。


福山雅治さんの
「誕生日には真白な百合を」
という歌です。

フルバージョンを
たまたまラジオで聴いたとき
とても心が震えました。
なんでこの人は
こういう歌がかけるのだろうかと
思いましたが、
福山雅治さんは、
若い頃にお父様を亡くしておられるということを後で聞いて、
なるほどと納得しました。






このドラマ「とんび」を観ていると
自分がかつて愛されたこどもだったこと
そして
目の前に愛するべきこどもがいること
の幸せを思い出させてくれます。

前回放送では
わたしの大好きな和尚さんが
とうとう亡くなってしまいました。

どこまでも馬鹿で不器用なヤスへ、
親代わりの和尚からの最期の手紙には
こんなことが書いてありました。


「馬鹿でもいい、
間違ってもいい、
殴ってもいい、
お前のことだ、
アキラに嫌われるかもしれない。
それでも、お前はお前なりに、
親であろうとし続けろ。」




さて
今日は長男の6回目の誕生日。

これからもきっと
ダメダメなお母さんだけど、
残念ながら
この子の母は
このわたししか
いないのです。

この子に何があろうとも
このわたしが
寄り添ってやらずになるものか

と、、、
今更ながらではありますが、
この子の親であろうとし続ける覚悟を
締め直す今日のわたしです。



本日も読んで頂き、
ありがとうございました。


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プロフィール

fonwaka2

Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
読んでくださっている方々も
これから
読んでくださろうとしておられる方も
信仰をお持ちの方も
そうでない方も
ここで出会ったのも
何かの御縁
末永く
よろしく御願いします^^  


忌憚なくご意見やご感想をお聞かせ
下されば幸いに存じます


旧ブログ築七〇年教会の住人
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