シベリア抑留が始まった日「昭和20年8月23日 | 神様と二人三脚 

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シベリア抑留が始まった日「昭和20年8月23日

08 24, 2011



まずは、
昨日のNHKニュースから↓



終戦直後シベリアなどに抑留され、亡くなった人たちを追悼する式典が、23日、東京で開かれ、抑留体験者が、いまだ現地に残る、およそ3万4000人の遺骨の早期の収集に向け協力を訴えました。

8月23日は、66年前の終戦直後、旧ソビエトが、中国にいた日本兵や民間人をシベリアなどに移送し、重労働に従事させた、いわゆる「シベリア抑留」が始まったとされる日です。

東京・千代田区の国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑では、亡くなった人たちの追悼式が開かれ、およそ120人が参列しました。

全員で黙とうをささげたあと、抑留体験者を代表して猪熊得郎さん(82)が「抑留体験者の平均年齢は90歳を目前にしている。国は実態解明を急いでいただきたい」と述べ、現地に残された遺骨の早期の収集に向け、協力を訴えました。

厚生労働省によりますと、抑留中におよそ5万5000人が亡くなったとされ、20年前から遺骨の収集が進められています。

しかし、半分以上のおよそ3万4000人の遺骨が、いまだ現地に残されたままで、政府は、今月、戦後70年となる平成27年度に向けて、遺骨の収集を集中的に進めるとした基本方針を閣議で決定しました。

式に参列した抑留体験者の
岡野工治さん(84)は
「政府の決定に感謝しているが、私たちに残された時間は限られているので、少しでも早く遺骨の収集を進めてほしい」と話していました。





未だに数万体の遺体が
ふるさとに帰還出来ていないということは、案外知られていません。

東西冷戦の時代など
国交が正常でなかった時代が
長かったので仕方ないのかも
しれませんが、
明日帰還することを夢見て
捕虜生活を耐え忍びながら、
道半ばで行き倒れた方々の
無念な気持ちを思うと、
一刻も早い帰還が叶ってほしいと
思います。

当たり前の話ですが、
父がもし、シベリアの地で
息絶え、白樺の肥えとなっていたら、
わたしは、もちろん、
わたしのこどもたちも生まれて
来れませんでした。

ひとつのいのちの重さと尊さを
想わずにいられません。



本日も読んで頂きありがとうございました。
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