不惑38 | 神様と二人三脚 

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不惑38

06 05, 2013




記念祭をお仕えしてから
改めて
うつ病のことを考えていました。

薬物療法について
あまり良い話を聞かないということもあり
本当にこのまま続けて良いのか?
という疑念が湧いてきて
薬を辞めたい気持ちが
段々と膨らんでいきました。

でもお医者さまは
まだ早いと仰るばかりでした。

ある一面では
お薬のお力のおかげで
記念祭を乗り切ることが
出来たとも言えます。

でもこのまま
お薬に頼ってばかりでいいのだろうか?

実際には薬を頂いても
調子が悪い日の方が多く、
治る気配もありません。

薬を飲んでるはずなのに
何でこうなるのだろう?と
余計に目の前が真っ暗になりました。

「みな祈れ薬れにすればおかげも早いが、薬れ祈れにするからおかげにならぬ。」
とみ教え下さっていますが

神様にお願いしてから
お薬を頂くという順番を守らせて頂いたものの、それは形ばかりのことであり、
実際のわたしの心はどうかと言うと
お薬を飲んで安心する
飲まないと不安という風に
いつの間にか
お薬の虜になっていました。

そういう頂き方では
おかげにならないのではと
思い始めました。

抗鬱剤 抗不安剤の多くは、
突然辞めてしまうと、
離脱症状が出てしまい
状態が悪くなるということがあるので
断薬は、専門の医師の指導のもとに
慎重に減薬を進めていくことから始めるのが常識です。

しかし結局わたしは、勝手をして
いきなり辞めてしまいました。

それから約半月ほど経ったころです。
こどもたちが夏休みに入り、
思い出作りにとわたしたち家族と主人の両親とで旅行に出かけることになりました。

その頃には
お薬の作用が身体から抜けつつあるのを徐々に感じ
一気に不安が膨らんでいました。

旅行に出かけると
さらに不安が倍増
細かいことが逐一気になり
ずっと不安の中にいました。

そして帰路の途中
些細なことがきっかけで
主人と喧嘩になりました。
いつもならグッと我慢しますが、
その時は自分の気持ちを
抑えることが出来ずに言い返していました。こうなると、売り言葉に買い言葉です。
義母にたしなめられ
言い合いは止めましたが、
わたしは自身の心を抑えられなくなってしまい、
とうとう家族の隙を見て
車から降りてしまいました。

家族から逃げたところで
わたしが帰るのを許されているのは
教会しかないのです。

それを分かった上で
車を降りたのです。

当てもなく彷徨いながら
行き着いた先は
昔主人と来たことのある海辺でした。
あの頃はこんなことになるとも知らずに
二人とも笑っていたなあ
夫婦になって8年
いつの間に笑えなくなったんだろう
そんなことを思いました。

海を見つめながら
ただただ
「死んでもう楽になりたい」
と思うばかりでした。

わたしの幸せは
どこにあっただろう

昔母が
「絶対に幸せになれるよ!」と
励ましてくれた声が
虚しく心に聞こえてきました。

夫婦って何?
親子って何?
家族って何?
信心って何?

わたしの居場所が
この世のどこにもないような
いたたまれなさを
感じていました。

しかし、つまらないことに
色々と心が囚われて
死ぬ勇気もなかなか出ない。
この後に及んで
そんな自分が情けなかったです。


時間は刻々と過ぎていきました。
そんな中でわたしは、
目前の光景に心を奪われました。

夕暮れ間近の太陽が
オレンジ色に輝きながら水平線の下へと吸い込まれていくように落ちていきました。
雲は風に乗って一瞬も同じ形に留まらず流れていき、
海は穏やかにかつ小刻みに波打ちながら夕日に照らされキラキラと輝いていました。

わたしはしばらくの間
その光景を
見るとはなしに見ていました。

足元に目をやると、
アリンコ達がせわしなく
動き回っていました。
その地面のアスファルトも
また海に浮かぶ船も
肉眼では分からないけれども
きっと変わり続けているんだろうなと
思われました。

みんな動いてる
みんな生きている
でも
みんな思いのままに、
我がままに勝手に
生きているのではなく、
ありのままを受け入れながら
「生かされていることに専念している」
ように見えました。

そうしているうちに
それに比べてわたしの心はどうだろうか?と思いました。

自分の思い通りにならないことを
気に病んでばかりではないか。
そうして
わたしは頑なに心を止めている
だけではないか?
勝手にジタバタともがき苦しんでいるだけではないか?

神様が
わたしのいのちを全うさせるために
与えて下さり、整えて下さっている
わたしの居場所を
自ら頑なに拒むからこそ
わたしは苦しまなければ
ならなくなるのではないか⁇


わたしは目前に広がる
天地の働きの動きそのものを目にして
頑なな自分の心の正体を
教えられた気がしました。


わたしも
あのお日様のように
あの雲のように
あの海のように
あのアリンコ達のように
船やアスファルトのように
何の力みもなく
生かされることに専念してみたい
と思いました。

そして
~教会に帰ろう~
と思いました。

最寄りの駅で電車を待つ間
主人にメールをしました。
主人は謝ってくれました。

教会に帰ると、いつもの居間で
主人とこどもたちが
普段通りテレビを見ていました。

「ただいま」というと
「おかえり」と返ってきました。
それ以外の言葉は交わしませんでした。


この時
家族の思いなど
まったく思いやる余裕は
まだわたしにはありませんでした。


わたしは、それから数日間
寝込みました。
わたしが失踪騒ぎを起こしてから
後に、
昔教会にお参りされていたことのある方が自殺されたという報に接しました。
わたしはつい前日
死に場所を探していました。

しかし、わたしは
死に切れずに戻ってきました。

ですから一線を超えて
死なねばならなかった
その方の苦しみを思うと
辛くていけませんでした。
そしてその方のことを
お助け出来なかったという
自責の念にかられていました。

主人が一向に状態が良くならないわたしのことを心配して
どうしたんか?と訊いてきました。

わたしは、自分が死のうとしたこと
昔お参りしていた方が自殺されたことを話しました。
その後発した主人の言葉に
わたしは愕然としました。

それまでは、
わたしだけが辛抱している
わたしが辛抱して
その場が丸く収まればそれでよいと
思っていました。
でもそれは、
わたしのおごりだった。
わたしが辛抱する以前に
主人は主人なりに
こどもたちはこどもたちなりに
辛抱してくれていた。

それを知ろうともせずに
わたしは自分の辛抱が報われないことにいつも腹を立ててばかりいました。

なんで分かってくれない?
なんでこうしてくれない?

くれない!くれない!と
相手に求めてばかりいました。

思い通りにいかないことこそ
不幸であると思っていました。

でも主人はそうではなかった。
ただただ黙々と
家族の為に自分の役割に徹していたのです。

わたしは主人の
表には出てこない気持ちを
初めて見ることが出来たのでした。

わたしの居場所はここにあった。
ずっとこうして守られてきていた。
わたしは、おかげの中にいた。
わたしは、幸せの中にいた。

しかし、わたしは
ごくごく表面の出来事に
右往左往して
いつの間にか
大切なことを見る眼を閉じてしまっていました。

肉眼をおいて、心眼を開けよ。
とのみ教えがありますが、

まさにその時
自分の心の眼が開かれた心地が
したのでした。


本日も読んで頂き
ありがとうございました。



追伸、、、

合わせて
下記の記事も一緒にお読み頂くと
より内容がわかるとおもいます。

生かされるがままに
http://fonwaka2.blog.fc2.com/blog-entry-138.html

見えない思い
http://fonwaka2.blog.fc2.com/blog-entry-141.html


お薬について
わたしは現在お薬に頼らないで済む
日々を送っておりますが、
うつ病に関して、医学的に寛解しているかという
判断はどこまでも分かりません。

抗鬱剤、抗不安剤を突然断ちましたが、あくまでも自己責任の上で行った行為であり、今となっては、きちんと
医師のご判断を仰いだ上で減薬を進めるべきであったと反省しております。

安易な断薬はするべきではありませんし、お勧めいたしません。
お薬のお世話になっている以上、
お薬の用法、用量は正しく守ることが
大切です。






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Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
読んでくださっている方々も
これから
読んでくださろうとしておられる方も
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そうでない方も
ここで出会ったのも
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末永く
よろしく御願いします^^  


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