神様と二人三脚 

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病の種はわが心にあり(2)

12 11, 2012


会堂お広前にお参りさせて頂き、
正面向かって左側のお届け所で
お届けを済ませました。
在籍の補教の方がこの度
再任されるのでそのことの御礼と
ここからのお願いをさせて
頂きました。

またそこで会うべき人に
会わせて頂きました。

振り向くと
C教会の従兄のお嫁さんが
笑顔で手を振ってくれました。
お子さん2人もお参りでした。
なぜかいつもC教会御一行様と
は、いつも遭遇するのです。
今回も
「やっぱり会えたね!」
という感じでした。

9月にお国替えした叔母が
この度布教功労者として
お祀り頂くことになっておりました。

側に行って挨拶している間に
従兄がお届けを終えて来たので
挨拶しました。

よかったらご一緒にと
誘って頂きました。

叔母の御霊様が
一緒にお参りしましょうと
働いて下さったような気がしました。

それから共に奥城参拝させて頂き
従兄のお嫁さんの叔父(伯父かも?)様の奥城にお参りさせて頂きました。
その後「きの味」で昼食を
ごちそうになりました。

ご厚意で、
帰りは従兄の車に乗せて頂き、
一緒に帰らせて頂くことになりました。
駅で帰りの切符を買い忘れたことが
おかげになりました。;^_^A
もったいないなあと思いつつ、
ご厚意に甘えさせて頂くことに
しました。

昼食後、わたしは、
別行動して教徒社に行きました。
買わせて頂きたい本を探しに行ったのですが
結局見つかりませんでした。
きっと古い本で
今は販売されていないんだろうなと
思いました。
もし、時間があれば
金光図書館で探してみようと思いました。

ふと見ると
「藤守先生講話集」という本が
目に入りました。
教徒社のFacebookページで
紹介されていたことを思い出しました。
今回は、この本を買わせて頂きました。

従兄のお嫁さん達と再び祭場で会い、
2階席から拝ませて頂くことにしました。
御祭事を待たせて頂いている間
従兄のお嫁さんが
この祭場に一杯の御霊様がお参りされていることを教えて下さいました。
従兄のお嫁さんが
ある教外の方と一緒に御本部にお参りされたことがあり、
その時、霊感の強いその方が教えて下さったとのことでした。
その方のお話によると、
特に教祖様と思しき方の神々しさは
眩しいほどだったそうです。
ご威光というものかなあと思いました。
そのご威光が眩しいほどに光輝いて見えたのは、
教祖様がこの現世で真の信心を進められ、
本心の玉を
磨きに磨き上げられたからこそ
なのだろうなあと思いました。

そのお話を伺って
両親や祖父母、初代先生や
親教会の歴代先生、
C教会の叔父叔母の御霊様も
お参りになっているかと
思うと嬉しくて仕方ありませんでした。

祭典は厳かに滞りなくお仕えになられ、
布教功労者御遺影展に行きました。

沢山、
所縁の方々がご覧になって
人垣が出来ていたので、
わたしは、
金光図書館へ本を探しに行きました。
探していた本はすぐに見つかりました。
やはり古い本で外側はかなり
ボロボロになっていました。
その本を4月までお借りする事にしました。
長期間お借り出来るのは有難いです。

再び展示室に戻ると
見覚えのある顔を見かけ、
思わず声をかけました。
学院の同期の人でした。
独身の時に一度、
思わぬところでお会いして以来です。
その方と従兄夫婦もお知り合いで
しばし、そこで話に花が咲きました。
その同期の方の御親戚も
布教功労者として
この度お祀りになられたとのことでした。
御霊様のところでも
きっと話に花が咲いていらっしゃる
ことだろう
そんなことを思わされました。


従兄の車に乗せて頂いて帰路につきました。
途中サービスエリアで同じ連合会の先生方や御縁のある先生、
親教会の御一行にもお会い出来ました

新幹線だと速いですが、
こういう出会いが少ないです。

車の中でも話に花が咲き、
(従兄は黙々と運転して下さいましたが;^_^A)
楽しく帰らせて頂きました。

帰ったのが夜8時前だったか
予定よりは遅くなりましたが、
義母がいて下さったので
帰りの時間を気にすることなく
帰らせて頂けました。

帰ってみると
主人の釣りも上々だったようで
クロダイが沢山釣れていました。

こうして、
神様に引っ張り廻して頂いた
報徳祭参拝は
無事におかげを頂きました。

出発する時より
帰ってきた時の自分が
はるかに元気にならせて
頂いていることが実感できました。


「病の種はわが心にあり」
また病気が
ひょっこり顔を出したら
直ちに自分の心の中に
病を産む種がないか、
確かめて
その種を除いていくしかないのだ
と思いました。





本日も読んで頂き、
ありがとうございました。

病の種はわが心にあり(1)

12 10, 2012



昨日
御本部の布教功労者報徳祭に
お引き寄せが叶いました。
報徳祭へのお参りは数年ぶりです。

実は数日前から、
体調を崩しました。
また、
鬱の症状が出始めたのです。

最近は
忙しくいろいろと御用を
させて頂くことが
できるようになってきていて
義母もそんなわたしの様子に
「元気になってよかった」
と喜んで下さっていました。

また鬱が出た原因が
わたしにはよく分かりませんでした。

1日目よりも2日目、
2日目よりも3日目と、
日を追う事にだんだん
動けなくなっていました。
しばらくなかった
動悸や頭痛もするように
なりました。
久々にホカ弁が
我が家の食卓に登場しました。

冬季うつ?
だろうか、、、、。
お薬やっぱり飲むべきか?
などあれこれと思いました。


御本部参拝の日は
主人は会社の人と釣りの予定が
ありましたので、
前日の夕方から
こどもたちを
主人の実家で預かって頂く
予定にしていました。

でもわたしの症状の悪化で
主人が義母を呼びました。
7日の夕方から来て下さることに
なりました。
7日は、隣接教会の生神金光大神大祭で、
なんとか次男とともに
参拝のおかげを頂けたので
わざわざこちらに来てもらうのは
申し訳ない気がして、
義母に、大丈夫ですからと連絡をしたところ、
「支度をして今から出るところだからもう行くわ」
と言って下さいました。
主人も
「楽したらええ」
と言ってくれるので、
お言葉に甘えることにしました。

少し回復したものの、
あまり気持ちがのらなくて
前日の夜は
正直、御本部にお参りしたくない思いで一杯でした。
でもせっかく義母が来て下さったし、
今更お参りしませんとも言えず;^_^A
なんとかお引き寄せ頂ければいいなと思いました。

朝になって
うっとおしい気分は
あまりなくて、
お参りさせて頂こうという気持ちになれました。

当初の予定より大幅に遅れたものの、
7時半過ぎのこだまに乗りました。
乗り換えたりするのは
煩わしかったので
この各駅停車でのんびり行くことにしました。

早速iPod touchを出して、
「金光四神様のみ教え」を
読み出しました。
ある先生が
PDFファイルになさっているのを
譲って下さいました。それを
iPod touchに入れているのです。

前々から
往きの新幹線の中で
その「金光四神様のみ教え」を
読ませて頂こうと決めていました。

ところがそれが
思わぬおかげでした。

読み進めるうちに
「なぜまた鬱が出て
体が動かなくなったのか」
が分かってきました。

目にするみ教えが
わたしの疑問や迷いに
すべて応えてくれたという感じです。

原因はわたしの心にありました。

最近、わたしは
ある方の言動について
疑問と憤りを感じていました。
そして
その事が常に頭から
離れなくなり、
その事がさらに
わたしのある取り組みを続けて行くことについての迷いを生んでいました。

それが
鬱の原因だと分かりました。
そしてそれをどう改めたら
良いのかもきちんと
み教えが応えて下さいました。

わたしは、目の前の霧が晴れるような心持ちで
神様にお詫びと御礼を申させて頂きました。
気持ちが晴れ晴れして
早く御本部に到着して
御礼申し上げたいと思いました。

いよいよ金光駅に到着するとき、
電車の中で御礼させて頂きながら
「御本部では会うべき方に会わせて下さいませ」とお願いさせて頂きました。
こういうことをお願いするのは、
初めてです。

金光駅を出てしばらく歩いて
帰りの切符を買うのを忘れたことに
気がつきました。
駅まで戻って買うことも出来るけど、
まあ、帰りに買わせて頂こうと思いました。

本部広前会堂に向かいました。
正門を潜ったところで
上の入り口から行こうか
下の入り口から行こうか
考えて
今日は1人なので
上に直接行くことにしました。

すると
K先生にお会いしました。
K先生とお話をさせて頂く中で
続けていくかどうか迷っていた
取り組みについて
続けていこうと改めて思いました。

会うべき人に会わせて頂いたと
思いました。


続く


本日も読んで頂き
ありがとうございました。

不惑28

12 08, 2012


2010年の春、
長男が幼稚園に入園し、
年長になった長女と
毎日元気に通園するように
なりました。

次男も伝い歩きが
上手に出来る頃になりました。

6月の末のある日、
珍しく母の夢を見ました。


わたしは夢の中で、
小高い丘に登って空を見ていると
北にそびえる山々の上に
どす黒い雲が渦巻いていました。
わたしはそれを見た途端に
「これは、早く知らせないと」
と思い、
教会へ帰り、
一階の居間にいくと
母が血相を変えて出てきて
わたしに向かって
「怖い怖い怖い」と
早口で言いました。

そこで目が覚めたのですが、
目が覚めた後も
怖い怖い怖いと迫ってきた母の
様子がとてもリアルに
胸に蘇りました。
その後も
妙にその夢のことが
心に残り、
嫌な予感はしつつも、
日が経つにつれ、
忘れつつありました。

7月15日の朝、
梅雨末期で
一晩中雨音が聞こえていて
雨脚が弱まる気配がなかったので
「よく降るなあ」と
思いながら
朝起きました。

テレビをつけてみると
前日、広島の方で
集中豪雨があり、
被害が出ている様子が
映し出されていました。

大変そうだなあと
しばらくそのニュースを
見て、朝の段取りを始めました。

いつもは、
8時15分過ぎにくる
幼稚園のバスが
なぜかその日に限って
8時過ぎに来ました。

慌てて2人を乗せて
幼稚園に送り、
ほぼ入れ替わりで
夜勤明けの
主人が帰ってきました。

主人が
「国道に水が出てたけど
川が氾濫でもしたんかな」
というので
外を見ると
教会のそばの国道の先で
水が溢れて寸断されているのが
確認出来ました。

もう少し遅かったら
主人は帰って来れなかったと
思います。

すぐに近くの小川の近くに
行くと、
今まで見たこともないところまで
水嵩が増して、
今にも氾濫しそうな勢いになって
いました。
「教会に水がはいる?まさか、、、」
と思いましたが、
先日の夢のことが思い出され、

「絶対に水が来る」

という確信に変わりました。

すぐに教会に戻ると
次男をおぶり、
とにかく、
思いつくままに一階にあるものを
二階に運びました。

主人はいつものように
仕事帰りのお風呂に入っていて
外の騒然とした様子に
気がついていませんでした。
だから
「水が来るから、荷物上にあげるの
手伝って」
と言っても
ピンと来ていない様子でした。
次男をおんぶして
わたしは黙々と
物を二階へ上げました。

まもなく、
避難勧告が出ました。

でも指定の避難所方面は
水で道が寸断されていて
避難出来ません

お風呂から上がって
非常事態にやっと
気がついた主人と
とにかく、2階に
物を上げました。

まもなく
床下から一気に水が
上がって来ました。
そして
あっという間に
一階部分が膝丈まで浸水
しました。



本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
1 CommentsPosted in 不惑

不惑27

12 05, 2012



3人目の子を頂き、
育児も益々忙しくなり、
家内は賑やかになりましたが、
一方で教会のお広前は
相変わらず
閑散としていました。

教会の抱えている問題は
色々とあり、
教会長としての
わたしの有り様は、
うだつがあがらないまま、
無気力に御用をこなして
いました。

いつかの親教会でのお取次では、
定時のご祈念がままならないことを
お詫びすると、
「いつでも、何処でも、
祈らせてもらいなさい。
ふと、
信者さんのことが思われた時が
御祈念の時と思って
茶碗を洗いながら
こどもをあやしながら
御祈念させて頂きましょう」と
教えて頂きました。

しかし、行うは難しいわけです。
わたし自身の信心が
すっかり堕落していましたから、
そういう気持ちになれません。

あの頃は
何を見ても
何を読んでも
有難くありませんでした。

体は教会にありながら、
心は外にばかり
向かっていました。

前のブログを始めたのも
この頃でした。

神様に背中を向ける日々が
続きました。
いつになったら
こんな気持ちから抜けられるのか
途方に暮れていました。

何のために
わたしは、教会にいるのか、
こんな御用のしぶりでは
神様はさぞお嘆きだろう。
御霊様も呆れておいでであろう。

普通に他所で生活しようが
一緒ではないのか。
この教会が存在しなくても
世の中は
周っていくではないか。

そういう迷いが行きつ戻りつ
しながらの日々をしばらく
過ごしました。



その年の12月。
終業式を終えて、
長女が冬休みになった途端、
熱を出しました。
幸い、
大したこともなく、
すぐに回復しました。

30日には例年通り、
越年祭をお仕えし、
お昼からは、
お正月用のお餅つきを
家族でさせて頂きました。


ところが
その日の夕方あたりから、
長男、次男ともに
体調が悪くなりました。

大晦日の朝、
主人と寝ていた長男の
様子がおかしいと言いながら、
主人が長男を抱いて
起きてきました。


熱は高く、
長男の目は虚ろで
呼吸も荒い状態でした。

次男も熱が高いので
2人を
小児休日診療所に
連れて行きました。

診断はRSウイルスで
2人とも肺炎を起こしている
とのことでした。
体内の酸素濃度も低く、
特に長男は危険な状態とのことで
即入院して下さいとのことでした。

近くの総合病院に入院した2人。

長男は、2歳10ヶ月、
次男は、7ヶ月でした。

長男は重症とのことで
酸素テントに入れられました。

外にいると、
いつ呼吸不全に陥るか
わからないからです。

普通は2歳では
こんなに重症には
ならないとのことでした。

わたしは、
こどもたちと一緒に
病院で年越しすることに
なりました。

年末年始に
教会長が教会不在
何という年の締めくくり
何という年の幕開け

こういう巡り合わせに
なるのも
日頃
御無礼ばかりの
わたしの信心だからだろうと
思いました。


新年朔日の元日祭と
2日の初月例祭は、
主人と交代して
病院から帰り、
お仕えして
また病院へ帰りの
繰り返しでした。


2人とも
順調に回復のおかげを蒙り、
結局、
1月7日に無事二人揃って
退院させて頂くことが出来ました。





本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
1 CommentsPosted in 不惑

七つまでは神のうち

12 02, 2012



昨日、
午後から

親教会へ
七五三詣をさせて
頂きました。

主人の両親も一緒です。

満年齢ですが、
長女7歳
長男5歳
次男3歳と

その名の通りの年齢の
うちのこどもたち

まずは
準備の都合上
先に写真館で
綺麗な衣裳を着せてもらい、
記念撮影

その後
お参りさせて
頂きました。

お祭りも
恙無く終わりました。




祭典後
親先生から頂いた
教話を受けて
七五三の由来を
調べてみました。

そして
「七つまでは神のうち」
という言葉に出会いました。

昔は、
乳幼児の死亡率が高かったために
七つ前までのこどもの命は
まだこの世に定着していないと
考えられていて、
人別帳(にんべつちょう)
という戸籍にさえ
載せられなかったそうです。

つまり、七歳未満の子は
一人の人間としてこの世に
存在していると
公に認められていなかったのです。

今の日本では、
医療技術の発達や
衛生管理意識の向上などにより、
死亡率が非常に低くなりました。

ですから
わたしたち夫婦を含め、
現代の日本に生きる
親たちは、
子が順調に成長することが
当たり前のように
思ってしまっているところが
あります。

命の儚さ

成長の喜び

いのちの親である
天地自然のお働き
つまり
親神様への感謝の心

そういうものを
感じにくくなったと
言えます。



でも、よくよく考えてみれば
今も昔も
自分の命さえ、
自分でもどうしようもならない
ということは、
変わらない事実だと思います。

そういう中で
3人のこどもたちが七五三の
お祝いをさせて頂けたと
いうことの喜びを
わたしは改めて
しっかり胸に刻み込みたいと
思います。



どうぞ
この3人にかけられた
神様の願いが成就いたしますように(^人^)




本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
1 CommentsPosted in 生活
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プロフィール

fonwaka2

Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
読んでくださっている方々も
これから
読んでくださろうとしておられる方も
信仰をお持ちの方も
そうでない方も
ここで出会ったのも
何かの御縁
末永く
よろしく御願いします^^  


忌憚なくご意見やご感想をお聞かせ
下されば幸いに存じます


旧ブログ築七〇年教会の住人
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