神様と二人三脚 
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不惑24

11 17, 2012




2007年5月20日
いよいよ、開教90年記念祭の
当日がやって来ました。

開教85年の記念祭をせずに
見送ったときには
90年の時には、
盛大に
記念祭をお仕えしたいという
願いは確かに持っていました。

しかし、その5年間に
わたしの生活は激変し、
日々の生活に追われて
いつしかその願いは薄れていきました。

わたし自身が
記念祭をお迎えする体制作り
心構えが全く出来ていませんでした。
どうしていいのか、
何処までするのか、
何が正しくて
何が間違っているのか
右も左も分からない状態でした。

ちなみに開教85年から90年の間に
わたしの身の上にあった主な出来事です。

85年 記念祭を見送る
86年 先先代(父)5年祭、結納
87年 結婚、長女妊娠
88年 長女出産、
先代(母)お国替え
教会長拝命
89年 先代1年祭
長男妊娠
90年 長男出産


わたしの人生の中で
一番激変したと言える5年でした。
でも、所詮これも言い訳でしか
ありません。




準備がきちんと出来なかったのは、
誰でもない教会長のわたしの資質が
欠けていたということです。

このような記念祭を喜ぶ空気は、
教会の何処にもありませんでした。

大祭案内の準備の過程で
不手際もあり、
通常の大祭よりも閑散とした
記念祭とは思えないような
当日の広前の状況に
なんとも決まりの悪い気持ちで
一杯になりました。

残り少ない信者さんそれぞれの胸中に
悲愴感が漂ったことは
いなめませんでした。

90年祭を盛大にお仕えするという願いとは
全く逆の状態となりました。
それに向かってベストを尽くしていなかった
のですから、
神様を恨んでも仕方のないことです。
わたしの信心の取り組みの結果だと
痛感しました。


そんなお広前に
いよいよ親先生ご夫妻が
お参りになられました。

ご挨拶申し上げようと
広前へ出ると、
親奥様がわたしの顔を見るなり
涙をポロポロ流されました。
それにはわたしも本当に
驚きました。

そしてきっと、閑散として、
悲愴感の漂うお広前で
居た堪れないお気持ちになって
泣いて下されたんだろうと思いました。

ところが、親奥様は、
「ありがたいねぇ。ここからまた
おかげを頂いていこうね。」と声を
かけて下さいました。

わたしは、その言葉が嬉しくて
仕方ありませんでした。
こんな状態の中にあって
なおも、諦めずに願って下さるんだなあと
胸が熱くなりました。


以前、まだわたしが
親教会にお参りしたての頃、
親先生がお結界にて
「家内(親奥様)は毎朝、
教会の立ち行きをお取次願っているよ」
と教えて下さいました。

大変ご無礼なことに、
当時のわたしには、
そのことが「どういうことなのか」
推し量ることは出来ませんでした。

親先生もそこのところは、
教えて下さいませんでした。

しかし、このことが
時が経つにつれ、
ゆっくりとですが、
わたしの心に沁みていきました。

わたしが、何とも思っていない、
親とも思っていないうちから、
親先生ご夫妻は、
わたしや教会のことを
親心をもって神様に立ち行きを
祈って下さっていた。
その大半は、
わたしの知らぬ、及ばぬところで
ずっと思い続けて下さっていたのでした。

当時のわたしの心に
ようやくその親先生ご夫妻の
親心が見え始めてきたのでした。


本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
2 CommentsPosted in 不惑

不惑23

11 15, 2012


教会開教90年(平成19年)の2月12日、
無事に2703gの元気な男の子を授かりました。

予定日より11日早い出産でしたので、
わたしもですが、
周りがけっこう慌てました。;^_^A

長女の出産の時はそれこそ、
予定日ピッタリでした。

産婦人科の先生は、
予定日ピッタリの方が珍しいかもと
仰っていました。
あの頃は、母のことで
心に余裕がないわたしに
神様が予定どおりに
産ませて下さったのだと
思っていましたから、
今回の出産も
そのようなおかげを頂けるかなと
期待して、
出産は予定日前後だろうと
思い込んでいました。

ところがその当てはハズレて
11日の夜から陣痛らしき
腹痛が始まりました。
夜が更けていっても
気になって寝られそうになかったので
入院になってもいいように
今出来ることはしておこうと、
洗濯したり、掃除したり、、、
真夜中にドタバタと家事をし、
朝になり、
陣痛だと確信してからは
お風呂に入ったりしました。
(産後一ヶ月は湯船に浸かれないのです)

そして12日の午前中入院して
夕方の16時過ぎに出産しました。

長女の時と同じく微弱陣痛で
促進剤の投与はありましたが、
長女の時より遥かに楽な出産でした。

助産師さんが
「1人目の時より楽でビックリしたやろ?」
と言われました。
立ち会った主人と共に声を揃えて
「ビックリしました」
と答えました。

初産よりあまり間をおかないで
次の出産に臨んだ時には、
産道が開いているので
一般的には、
初産ほどの時間はかかりません。

そして実際に
産褥期の疲れも
初産とは
比べものにならない程
楽なものでした。

予定日より早い出産、
考えていた以上の軽いお産と
産後の回復ぶりは、
神様のお繰り合わせに他なりませんでした。

特にこの11日早い出産というのが、
当初はそれ程に思いませんでしたが、
時が経つにつれて、
神様のご配慮の絶妙さを
感じさせられています。
ギリギリまで神様が早めて下さり、
記念祭への準備に心身ともに
差し障りが少ないようにという
親心を感じるばかりです。

長男は順調におかげを頂いては
いたのですが、
産後一ヶ月過ぎるあたりから
乳児湿疹が酷くなり、
病院でアトピーに移行するだろうと
言われました。

とにかく乾燥させないように
ワセリンを塗り、その上から
軟膏を塗る日々でした。

一方で2歳になったばかりの長女は、
ヤキモチを焼き、赤ちゃん返りが
始まりました。

1人より2人目の育児は楽だというのは、
嘘だと思いました。

そうして、
育児に追われる中、
気がつけば5月が目前に迫ってきました。

結局は、
なんの準備も出来ないままに
記念祭当日を迎えることとなって
しまいました。


本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
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しろくまちゃんのほっとけーき

11 13, 2012



三歳半の次男が今、
ハマっている絵本があります。
それは、
「しろくまちゃんのほっとけーき」
なんです。

わたしが小さい頃から
あった気がするなあと思ったら
初版が1972年発行。
(わかやまけん 作 こぐま社)

わたしが産まれる約半年前の発行。
結構古いのですね;^_^A

長女が2歳の時の誕生日プレゼントで
確か買わせて頂いたんです。

よく、長女と長男を寝かしつける時に
何度も何度も催促されて
飽きるほど読まされました。;^_^A

その頃のわたしは、
本当にマジメに
こどもたちと向き合っていたなと
いうことを思い出します。

(今は、少々子慣れて手を抜き気味ですが;^_^A)


この本を買うキッカケになったのは、
ネットのあるレビューでした。
「自分も小さい頃に読んでもらってとても美味しそうなホットケーキに
思わず、ニコニコ笑顔になった本で
大人になった今も思い出す大好きな本です。
是非我が子にも読み聞かせたい。」
というようなレビューでした。

わたしは、この本を
母に読んでもらったことはありませんが、
そういう風に
大人になっても大好きと思える本に
沢山出会って欲しいと思いました。


長女も長男も大好きなこの本。

次男には、
気がつけば
一度も読み聞かせたことが
ありませんでした。;^_^A

ところがある日、
長女と幼稚園ごっこをする中で
先生役のお姉ちゃんに
この本を読んでもらったことをキッカケに
毎日のように
読まされています。;^_^A

今や、次男はすべて覚えてしまって
何の気なしに
「できたできたー。ほかほかのほっとけーき!」と
つぶやいていることがあるほどに(^^)

来年、次男は幼稚園入園
あまり本を
読んであげられなかったことを
反省しつつ、

しばし、次男の
「読んで~攻撃」に
付き合うことになりそうです。





本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
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父を想う

11 08, 2012





今日11月8日は、
父の祥月命日です。

今朝は久々に父の夢を見ました。
教会の外は雪景色で
「綺麗だなー」と
感心していると、
父が
「たいしたことない」と言いました。
「そうか、父さんが行ったシベリアはもっと
雪凄かったんよね」
と言うと
「白い木が沢山残っているよ」
と父は言いました。
わたしは、
白樺(現地で亡くなった戦友)の
ことだなあと思いました。






父がお国替えした14年前の今日は、
空気の澄んだ天気のいい朝でした。


突然の父の死に
混乱しつつ、
検死のため救急車で運ばれた
ちかくの病院の一室で
冷たくなった父の手を
泣きながら一人さすっていると、
窓から朝日が差し込んできて
父の顔を金色に照らしました。
その光景が
今でも心に焼きついています。


父がお国替えした日は
ちょうど教会の月例祭の日で
祭典後、父の故郷である大分の実家へ
一緒に帰り、
9日には、関係教会の大祭に
父は参列させて頂く予定に
なっていました。

前日7日に月例祭の準備と
大分へ行くための荷造りを
わたしが父の代わりにしてあげていた時のこと
父が不意に
「すまんのう、、、」と言いました。
わたしは、それには応えず、
憮然と準備を進めました。

その頃のわたしは、
父と話すことが極端に少なっていました。

父は、その年の夏頃から
変な事を言うようになりました。
「床一杯に虫がいるよ」
そう言って、床を箒ではいてみたり、
御本部への月参りの際、
「金光様お結界にお届けに行こうとしたら
紙垂のついた榊がグンと伸びて
上に上がった」とか、、、。

今思えば
お国替えのお知らせでしたが、
当時のわたしに分かるはずもなく、
父に辛く当たってしまいました。

わたしにとって両親は
絶対的な存在でした。
その父が弱くなっていくのが
許せなかったし、歯痒くもあったのです。

それに、父娘の間の独特な
心の距離がありました。

前日の晩も
食のすすまない父を尻目に
おやすみの挨拶もせず、
とっとと自分の部屋へ引きこもったわたし。

結局それが最期のお別れとなりました。


父がお国替えしてから、
沢山の方々に
わたしの知らない父の話を
教えて頂きました。

大概は
「fonwakaが学院に行った、
fonwakaが学院卒業した、
fonwakaが教師にお取り立て頂いた、
fonwakaが御用してくれた、
fonwakaが教会に帰ってきた、
fonwakaがfonwakaが、、、って
その度その度たいそう喜んで、
あんたのこと自慢しよったよ。
大層かわいかったんじゃろうな」

そういう内容ばかりでした。


わたしは、
つくづく親不孝なこどもだったと
父がお国替えしてから
思い知ったのです。

心配ばかりかけて、
父に安心してもらう生き方が出来なかった。

減らず口ばかりで
父の言う事に耳を貸さなかった。

自分が正しい、
父が間違っていると思い込んで、
敵意さえ感じていた。

でも父はわたしが
どんな状況であろうとも、
どんな場所にいようとも、
黙って
それこそ堪忍して
神様に祈ってくれていました。

それが、
子のわたしには、
さっぱりありがたく思えなかったのです。


あれから14年、
今も父の御霊様の祈りを受けて
なんとか今日も御用させて
頂くことが出来ています。


母がわたしを妊娠し、
羽子板の夢を見て女の子だと確信した時、
母は、父に
「男の子じゃないけど、、、」と
申し訳なく言うと
父はニコニコして
「ええよ、ええよ」と
笑ってくれたといいます。




ありがとう 父さん、
次も出来れば
あなたの娘として生まれたいと
心から思います。





本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
1 CommentsPosted in 信心

待つことも修行

11 06, 2012




教会の生神金光大神大祭を
一昨日、恙無く奉仕のおかげを頂きました。

週間天気予報では、雨マークになっていました。
うちの教会の大祭は雨のことが多かったです。
わたしは、昔雨女という称号を頂いているので
そのせいかもしれません;^_^A

恵みの雨ですから有難いことです。
だから不足に思わないように
心掛けしてはおります。

しかし、信者さんの中に
車椅子の方がいて、
雨だとその方がお参り出来ません。
ですから、
その方をお引き寄せ下さるように
お繰り合わせをお願いしておりましたら、
願い通り、参拝に差し障りのない
おかげを頂きました。
もったいないことです。


ご祭事は滞ることなく、
奉仕させて頂くことが出来ました。

祭典後の教話は、
いつも親教会の親先生にお願いしております。

わたしは、何やかやと
教話中に御用があるので、リアルタイムで
親先生の教話を頂けません。
ですから、録音させて
頂いたものを後で一人で
片付けさせて頂く時に聞かせて頂きます。

実は、関係教会の生神金光大神大祭が
いつも9日にお仕えになられます。
祭典後の教話は、やはり親先生。
数日前の教話を
再度頂けることがいつもうれしいです。
同じ話のようですが、
微妙に違うこともあり、
また一度聞いただけでは
わかりきれなかったことを
わからせて頂いたりします。

お直会が終わり、
後片付けの御用を皆さんでさせて
頂いているとき、
車椅子の方が
わたしのこどもたちと話しておられました。
あ、子守の御用をして下さってるなと思って
嬉しかったです。

その後もずっとみんなの御用が
終わられるのをその方は
車椅子に座ってジッと待っておられました。
当初は
腰が痛くなるので
途中で失礼させていただくと思ういうことを
奥様から伺っておりました。

実は腰は痛かったご様子でした。
でも、「大丈夫です」と仰って
ジッと辛抱しておられました。

待つことは修行
待つことも御用だ

そう思わされました。

御用終了の御祈念をさせて頂くことが
叶いました。
その時にその方の奥様が
「いつもは、ベットを持ち込んで
途中からは奥で休ませて頂いていた。
最後まで車椅子に腰掛けたままということは、
初めてのことです。」と仰いました。

そういえばそうだったと
改めて気がつかせて頂きました。

この方は、
この度5年振りに
御本部参拝が叶いました。

きっと、御本部のご大祭のごひれいを
頂かれて一歩、進ませて頂けたのだと
思いました。

来年の春、
またどのようなことになっていくのか、
今から楽しみです。


本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
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プロフィール

fonwaka2

Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
読んでくださっている方々も
これから
読んでくださろうとしておられる方も
信仰をお持ちの方も
そうでない方も
ここで出会ったのも
何かの御縁
末永く
よろしく御願いします^^  


忌憚なくご意見やご感想をお聞かせ
下されば幸いに存じます


旧ブログ築七〇年教会の住人
よろしかったら覗いてみてください

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