神様と二人三脚 

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不惑20

10 11, 2012



主人と結婚する時、
ある先生に、
「御用ばっかりして、旦那をほっとくなよー」
と、餞の言葉を頂きました。

また、別の先生には
「主人が仕事をして財の心配はないだろうが、
その分、油断して御用が疎かにならないよう
気をつけなさい」
と言われました。

その時はウカウカ聞いていましたが、
結婚生活の中で
事あるごとに、
このお二人の一見相対する言葉を
思い出して考えこむことがよくありました。

特に母がお国替え後は、
御用と家庭生活の両立が課題となりました。

これまでは、
いつも母が教会を守ってくれていました。
母は、目も身体も不自由でしたので
外に出掛けるということは、
ほとんどありませんでした。

でも、母お国替え後は、
主人は仕事ですし、
買い物ひとつするにしても、
教会に鍵をかけて
出なければならなくなりました。

主人の休日には、
主人の実家に行ったり
レジャーに出掛けたりしなければなりません。
主人に「貴方だけ行ってきて」とは言えません。
でも、心の中で
本当に楽しむことが出来ませんでした。
普通の家庭が
当たり前にしていること
悪いことをしているわけでもない
それなのに罪悪感に苛まれました。

その罪悪感を薄めるために
出掛ける前に
神様にお詫びし、
「親孝行、家族孝行してまいります」と
御祈念していました。

しかし、
留守中に信者さんがお参りされ、
外から拝んで帰るということが
増えました。

「教会に参っても、いつもお留守」

信者さんの不満も積っていったようでした。
次第にお参りされる方も少なくなっていきました。




教会長就任当時は
長女が生後数ヶ月でした。
完全母乳で
しかも、よく泣く子でした。

初めての育児で
余計に分からず、
四六時中抱っこして
1~2時間おきに
授乳していたような状態が
1歳近くまで続きました。

そんな状態ですから、
お結界でも長女を抱っこして、
授乳させながら
お取次をさせて頂くような状態。

月例祭の御用の時には
お装束をつけなければなりませんので
授乳を終わらせてお仕えしますが、
祭典途中で長女が起きてしまい、

泣き声を聞きながらお祭りを仕える状態でした。

信者さんもお守りをして下さろうと
したのですが、
人見知りの時期が始まり、
逆効果でした。

そういう状態の中で
教会での
「当たり前」とされる御用が
どんどん手抜かりになっていきました。

このままではいけないと思いつつ、
まともな御用が出来ない。

主人に相談したところで
信心の分からない主人には
わたしの苦しい気持ちは解ってもらえない
そう思い込んで
1人で悩む日々が始まりました。


本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
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家族で参拝

10 09, 2012



10月7日に
御本部の生神金光大神大祭に
参拝のおかげを蒙らせて頂きました。

この度も家族揃って
おかげを頂きました。

いつもは6時半ぐらいに出発なのですが、
早めに御本部に到着したい
という気持ちがありましたので、
6時に出発することにしました。

春の参拝のときに比べて
随分と段取りもよく、
家族も皆機嫌よく、
出発させて頂きました。

というよりも、むしろ、
主人やこどもたちの機嫌の良い悪いが
あまり気にならないわたしに
ならせて頂けているのを感じました。

道中も順調で、
事故も渋滞もないおかげを頂いたのですが、
主人がかなりスピードを出して
飛ばしているのが気になりました。
しかし、わたしが早く行きたいと言ったので、
主人も早く着こうと急いでくれたのだと思い、
とにかく事故を起こさないよう、
心中祈念させて頂きました。

6時に出発して、休憩なしで
8時40分過ぎには金光町内にいました。

びっくりです。

わたしの運転だとどんなに早くても
3時間以上はかかるのです。;^_^A

早く到着したので、
駅前のかまどやで
お弁当を買わせて頂き、
下淵の駐車場へ。
時間が早いのでまだガラガラで
近いところに止めさせて頂くことが
出来ました。

そして、会堂に参拝。
実は、この度の参拝の届けを
わたしはウッカリ出しそびれていました。
ですから、北側のお届け所でと思っておりましたが、
早く到着してまだお結界前の列も少なかったし、
係員の方もいらっしゃらなかったので、
お結界前に並ばせて頂きました。
そして、
お手代わりの先生のお取次を頂きました。

それから、奥津城参拝をさせて頂きました。
こどもたちは、どんぐり拾いで大はしゃぎでした。
ご霊地のどんぐりって大きいなあ、、、(°_°)。
改めて、ここは御神徳の宝庫だなあと思いました。
その後は、諸々の買い物を済ませ、
会堂地下でお昼をいただき、
祭場で時間まで待たせて頂きました。


うちの教会では、
以前は、連合会の団体列車で参拝しておりましたが、
団体列車が解散してからは、
自家用車に分乗して一緒に参拝してました。
しかし、人数も減り、
それぞれの家庭のご事情もあり、
今は、各々で参拝して頂くことにしております。

この度は5年振りに参拝された方がいました。
その方は5年前の夏にクモ膜下出血で倒れられ、
九死一生のおかげを頂かれたのですが、
自力で歩くことが難しい状態になっておられました。

でも、この5年の間に薄紙を剥ぐように
回復のおかげを頂かれ、
泊まりの旅行に行かれるまでになられました。

この度は、
ご家族でお参りさせて頂きたいと願われ、
前日から泊まりで岡山に来られていました。
大阪に住んでいらっしゃるその方のお姉さんも
当日合流されました。
祭場でお会いした時にその方は、
少し涙を流しておられました。
その涙に5年の月日のことを想いました。
神様も教祖様もよう参ってきたなあーと
仰っていると思いました。

後日にその方の娘さんから伺った話ですが、
祭典後の会堂参拝の折に
外で待っていたお姉さんとその方は、
ボロボロと泣きに泣いておられたそうです。
その方のお姉さんは、
弟さんが倒れて以来ずっと、
また一緒にご本部にお参りしたいと
願い続けて来られたそうです。
いわば、悲願が叶ったのです。
そのお話を伺ってわたしも泣けてきました。

またここから油断なくおかげを頂きたいと
改めて思いました。


さて、
わたしたち家族は、
無事にご祭事を拝ませて頂き、
帰路に着きました。

主人は相変わらず飛ばしているように思われたので、
心配しつつも、疲れて助手席で
ついウトウトとしておりました。

すると、何やらマイクの声が、、、。
前には赤色灯が光り、
こっちへおいでと手招きが(°_°)

覆面パトカーに誘導され、
何処かのインターの駐車場へ。
「あちゃー(>_<)」と思いました。

主人が聴取されている間、
いろんなことを思いました。
「何キロオーバーやろうか?もしかして、免停?
罰金はどの位?」
「せっかく機嫌ようにここまでこさせて頂いたのに、
主人には、嫌な参拝の思い出になるんだろなー」などなど
でもいろいろ思わされる中に、

「行きは、主人が飛ばしてくれて早く到着したおかげで
いろいろと捗り、有難いと思っていたけど、
間違いだった。そうではないんだ。
やはりご無礼になっていたのに、
わたしは、喜ぶばかりでお詫びを忘れていた。
あんなに飛ばしてる中で事故が起きなかったことは、
確かに有難いことではあるが、
そこにどれだけの神様のお働きがあってこそのことだろうか。
もしこのまま帰りもあの調子で飛ばしていたら、
事故をおこしていたのかもしれない。
その前に神様が捕まえて下さったに違いない。

どうぞ本人は気がつかないかもしれないですが、
本人に変わってお詫び致します。
あいすみません(>_<)」という思いになりました。

まもなく主人が帰ってくると、
「無合図」で6000円だってと
青い紙を渡されました。

わたしは、てっきりスピード違反で
免停だと思っていましたので、
ちょっと拍子抜けでした。;^_^A

しかし、すぐに
これは、大難から小難への
おまつりかえというものだと確信しました。
しかも、主人の気持ちにまでご配慮下さっている
せっかくの参拝が苦々しいものになるべくならないように
ギリギリのところで、、、。

その後、主人も荒々しく飛ばすことなく、
無事に教会までの道程を帰らせて頂くことが出来ました。

家族でお参りすると、
正直面倒なことも色々ある。
でも、それを含めて
神様がお引き寄せ下さるんだなと
思いました。


本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
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御礼を土台に

10 08, 2012



一昨々日、
k先生からお電話を頂きました。

k先生は、
わたしの祖父が教会長の折に、
信者さんから金光教教師にお取り立て頂かれ、
ある教会に嫁がれました。
十数年前に先代の教会長先生で
あられたご主人様に先立たれ、
今はその御跡を受けられて、
一人教会で御用におあたり下さっています。

そのk先生と数ヶ月振りにお話をさせて頂いた中で、
わたしは自分のうつ病について、
お話をさせて頂きました。
するとk先生が、わたしも昔、鬱になって、
四代金光様にお取次頂いたことがあると、
当時のことをお話をして下さいました。

k先生はその時、金光様にお届けをさせて頂いたら
精神科を受診させて頂くつもりだったそうです。

そんなk先生に四代金光様が、
「あんたは、逆さまになっとるから、そういうことになる。不足の心からお願いにばかりに力を入れる。
何をするにも、ひとつひとつ、
先ず神様にお礼をさせてもらい、
そしてお願いさせてもらい、
神様にお縋りしながらさせてもらいの
繰り返しが大切じゃ」
と、優しくご理解下さったそうです。

お取次頂かれたk先生は、
その後教会に戻ると
境内の草取りを、四代金光様に
御理解下さった通りに、
神様にお縋りしながら始めたそうです。
それから、段々と調子がよくなり、
結局、医者には一度も通うことなく
全快のおかげを頂かれ、御礼参拝をさせて頂くと
四代金光様が大層お喜び下さったとのことでした。





わたしは、7月に服薬を辞めさせて頂きました。
直後は離脱症状のようなものが出て、
薬を再開すべきかもと迷いました。

でも、結局「腹を決めて」薬を断ちました。
薬に依存する生活を改めること
そう腹に決めてからは、
薬に頼って生活自体を改めることをしなかった自分にも
気がつかせて頂きました。
「今日はこれが出来た」と
家事ひとつにしても、
出来ることの有難さをしっかり胸に刻みながら
ひとつひとつ
出来ることをさせて頂きました。

そうするうちに、気がつけば、
寝込むということがなくなっています。

もちろん、昔のようにというわけではありません。
でも少しずつおかげを頂いています。
そういう実感があります
それと同時に当たり前に出来るということの
素晴らしさをつくづく感じています。

そういう中で、k先生のお話を伺い、
改めて四代金光様の「御礼を土台に」という信心の
大切さに気づかせて頂きました。

病気を頂いてこそ、四代金光様の御言葉が胸に迫ります。

ここから油断なく、
おかげ頂きたいです。


本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
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不惑19

10 02, 2012



母がお国替えしてから、
しばらくの間、
間の抜けたような生活を送りました。

父のお国替えの時には、
突然の父の死を悲しむという感じでした。
でも、母の時は、
それとは違う感じでした。

自分の芯を無くしてしまったように
フラフラして、
立って居られないような感覚でした。

わたしは、これまで
なんだかんだ言いながらも、
親の言う通りにしてきました。
親に反抗もしてきましたが、
あくまでも、
親という基準があってのことでした。

母は、心配性で
一人娘のわたしが
目の届く範囲にいないことが
嫌な人でした。
いわゆる過干渉でした。
逐一、母の許しがなければ
遊びにも仕事にも行けませんでした。
わたしも、親の言うことが最優先で
何事も決めていました。
そんなわたしについて
ある人に
「いつまでも自立出来ない人」
というような
ことを言われました。

確かに世間から言えばそうだと思いました。

両親がもっと若くて健康であれば、
わたしももっと
ワガママを言えたと思いますし、
自分を主張出来たでしょう。

でもわたしは、反抗しつつも、
やはり、親元にいました。
完全に反抗するには、
弱過ぎる親に思えたからです。

しかし一方で、親がいる間は
親の言う通りにすれば良かった。
時に窮屈で逃げ出したいと思ったけれど、
結局わたしは、そこに何度も戻されて
その加護の中で葛藤していたにすぎませんでした。


母がお国替えして、両親共に
直接、まみえることも、声をきくことも
出来なくなりました。

ある意味、束縛もなくなったわけです。

でも、これからは、
自分で考え、自分で選択して
いかなくてはなりません。

もちろん、当時すでに
夫やこどもという家族を
頂いていたわけですが、
また家族とは圧倒的に違う
「親」という後ろ盾を失うということの
事の大きさに改めて気づくことになりました。




わたしは、母のお国替え後、
教会長として、
お取り立て頂くはこびとなりました。

遡ること7年前のこと
父がお国替えの後、
わたしを教会長に推す声が
信者さんの中で上がりました。

しかし、母は色々熟慮した結果、
半身不随で弱視という身体でありながら
自ら教会長として御用させて頂くと
決意しました。

その理由を聞くと
「あんたをまだ矢面に晒すわけには、
いかんのよ」
ということでした。

当時のわたしには、
そんな母の言動は
意味不明でありました。

しかし、
改めて7年後、
いよいよ教会長を拝命させて頂くに至り、
「矢面に立つ」覚悟が出来ないまま、
言い知れない不安の中で、
霊前でへたり込む日々が続きました。



本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
0 CommentsPosted in 不惑
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プロフィール

fonwaka2

Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
読んでくださっている方々も
これから
読んでくださろうとしておられる方も
信仰をお持ちの方も
そうでない方も
ここで出会ったのも
何かの御縁
末永く
よろしく御願いします^^  


忌憚なくご意見やご感想をお聞かせ
下されば幸いに存じます


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