神様と二人三脚 

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不惑4

08 22, 2011



結局わたしはまた
教会に引き戻されてしまいました。

また心機一転頑張ろうと
一応は思っていましたが、
一方でもうここから逃げられないと
思ったら、
とても暗澹たる気持ちでした。

結局この3年わたしは
何をやってたのだろう
結局何も変わらなかったなあと
いう思いで一杯になりました。

「教会から離れたら命はないぞ」
そんな父の言葉が心の中で
何度も繰り返され、
またわたしを苦しめました。
 


しかし今、当時のことを
振り返ってみると
改めて気づかされることがあります。

それは、あの3年間の間、
親の祈りに守って頂いたからこそ
無事に暮らすことが出来たということです。
親の祈りがなかったら、
たぶんわたしは
生きて教会に帰ってこれなかったと
思います。

当時の
わたしを振り返って考えてみても
そういう危なっかしいものを
わたしは持ち合わせていました。
まるで糸の切れたタコのように
クルクルと何処とはなく飛んで落ち、
破壊されてしまったかも
しれなかったけれど、
親の祈りの糸によって
辛うじてつなぎ止められて
帰ってこれたのでした。

街の雑踏の中で
「消えてしまいたい」と願ったとき
それを実行する事が出来なかったのは、
親が祈って下さっていたから出来なかったに相違ないのでした。


それから
「教会を離れたら命はない」
という父の言葉の真意も
今になって理解出来ます。

父は新婚当初
神様に
「お道の御用に立つ子をお授け下さい」
との願いを立てました。
そして
おかげを頂いて
わたしを授かったのです。

おかげを頂いたということは、
神様も同じ願いを
わたしにかけて下さっているということです。
「お道の御用に立ってくれ」という
願いです。

だから父は、
お道以外で身を立てることを許すのは
神様に申し訳が立たないと
いう父なりの信念があったのだと思います。

そして、その言葉は
誰よりも父自身の
信心体験の中で裏付けされた、
理屈抜きの確固たる思いであったのだと
思います。

憎まれても、曲げない
曲げてはならないものを
父が持っていたのです。

そういう父の思いを
解らせて頂けたのはごくごく
最近になってからでした。




本日も読んで頂きありがとうございました。
0 CommentsPosted in 不惑

不惑3

08 20, 2011




御霊地で御用頂くことがきまった
わたしに、両親は
「2年経ったら帰りなさい」と
言いました。
期限付きでも、わたしはとても
嬉しかったです。

呪縛から解き放たれる(>_<)
そんなイメージ

今振り返って考えてみると
両親は両親で苦しんでいたと
思います。
苦渋の決断だったことでしょう。

さて、逃げてきた
わたしの御霊地での生活はというと
実にボロボロでした。

志があったわけではなく、
逃げてきたようなことですから、
うまくいくわけがないと
今なら分かるのですが(^。^;)

その頃のわたしには
信心とか、神様とかいうものが
みなキレイ事のように思われました。

せっかく金光様のお膝元で
生活させて頂けるんですが、
有り難く思えませんでした。

そのうち萎えた心は、
生活を乱れさせました。
そして、体調不良で
御用をお休みすることが増えました。

ある時、
岡山の街の雑踏の中にいたとき、
「このまま遠くへ行って消えてしまおうか」と衝動的に思いました。
しかし、
そう思った瞬間から
「もしわたしが消えてしまったら、
年老いた両親は、どんなに悲しむだろうか、きっと死んでしまうかもしれない」と、いう思いで心が一杯になり、体が動かなくなるのです。

そんなようなことを
何度も繰り返していた気がします。

消えたい、でも結局、
両親のことが思われ、
いつもその場に立ち尽くすしか
ありませんでした。

そのようなことで
御用の上で
何の役にも立たず
迷惑や心配を周りの方々に
おかけしてばかりでした。

そのうちに館長先生が
父を呼び、わたしは、
図書館を辞めて教会に帰ることに
なりました。

気がつけば3年の月日が過ぎていました。





本日も読んで頂きありがとうございました。
2 CommentsPosted in 不惑

不惑2

08 18, 2011


金光教学院を卒業して
20歳で
金光教の教師の補命を頂きました。
しかしその途端、
わたしは、
行く先を失いました。

小さい頃から
金光教の教師になりなさい
教会を継ぎなさいと
言われ続けて、
わたしもそうしなければ
いけないんだと思って
育ってきました。

しかし、
晴れて教師におとり立て
頂いた途端にお先真っ暗な気持ち
になりました。

所謂、「燃え尽き症候群」という
ものに似たかんじです。


その頃、
うちの教会は
体裁は辛うじて整っているものの、
実質は
本来あるべき教会とは
程遠いものになっていました。

当時教会長だった父と
信者さん達との間に
深い溝が出来ていました。

そんなゴタゴタをみるのが
本当に辛かったです。

自分は何も出来なくて
何のためにいるのかも
わからなくなっていきました。

逃げたくなって
就職しようとしましたが、
また大反対をうけました。

父はそのとき
血相を変えて

「お前は神様から頂いた子やから、
教会の御用を離れたら、命はないぞ」

と言いました。

なんでわたしは、
この親と教会に縛られなければ
ならないのだろうと
悲しくなりました。

やっぱりあのとき
好きな音楽の道に進めばよかった。
後悔の念に
常に苛まれました。


そんな思いが爆発寸前の頃に
丁度、御本部の金光図書館から
御用のお話がきました。

わたしは、とにかく
教会から逃げたくて
そのお話を受けさせて頂きました。
2 CommentsPosted in 不惑

不惑

08 17, 2011




こどもたちが毎日見るテレビ番組で
密かにわたしが好きな
「にほんごであそぼ」という番組の中に

ときどき
「ろんご、ろんご、ろんご~♪」
と楽しそうに歌ううたが流れます。

これは、孔子の「論語」のことですが、
その中の「為政(いせい)第二」からの一節を歌にしたものです。

ちょっとご紹介すると
「十五で志学(しがく)、
 三十で而立(じりつ)、
 四十で不惑(ふわく)、
 五十で知命(ちめい)、
 六十で耳順(じじゅん)、
 七十で従心(じゅうしん)」

実は、
わたしはあと、2年で、四十なので
「不惑」という部分が一番気になるところです。

孔子は
四十にして
戸惑うことがなくなった
ということですが、

わたしは
まだまだ惑うばかりの毎日だなあと
思います。
(そもそも孔子と比較すること自体、畏れ多いことですけどもね、(^。^;)

振り返ってみると
戸惑ってばかりのこれまでの歩みです。

わたしは、教会の子弟で
一人っ子でしたから、
いつか、教会を継ぐために
金光教の教師にならなければ
いけないと思って育ちました。

15歳の時、
吹奏楽部でトロンボーンを
がんばっていたわたしに
顧問の先生が
音楽の道を志すことを
進めて下さいました。
大喜びで親に話すと
大反対されました。

結局わたしも
その時諦めてしまいました。

18歳のとき、
親は今の時代短大ぐらいでておいた方がと進学を勧めてくれましたが、
それを断り、
高校を卒業したら
金光教学院に行くことを決めました。

高校を出てすぐ
学院に入るということは、
周りはとても喜んで下さいました。
わたしもそれでいいんだと
思ってはいましたが、
実のところ、意地をはっていました。

短大に行ったところで
本当に勉強したいことなんて
ありませんでした。
そんな余裕があるならば、
あのとき音楽の道に
進むことを許してくれればよかったんだ。そういう親への反発が
実はありました。

次回へ続く
0 CommentsPosted in 不惑

玉音放送

08 15, 2011



今日は、終戦記念日でした。
66年前の8月15日の正午にラジオで
日本中に流された玉音放送。

その内容について
そういえばきちんと知らないなあと
思い、改めて調べてみました。

終戦の詔勅



ただ天皇陛下が
もう戦争をやめにします
と宣言しただけなのかと
勝手に思い込んでいましたが、
そうではなかったんですね。

改めて聞いてみると、
昭和天皇の平和への願いが
込められたとても深い内容した。

ついでに開戦の詔勅

のほうも
見ましたが、
その文脈の変化に
天皇としての戦時中の苦悩は
ただならないものだったのではと
推察いたします。

戦後復興を成し遂げた日本ですが、
この玉音放送で
公になった天皇の直々の思いに従い、
国民がひとつになって
取り組んだからこそ成し得たものなんだなあと思います。

戦後の復興は確かに
成し遂げられたのですが、
本当の平和な社会の実現に向かって
コマをすすめるわたしたちにとって
この玉音放送を過去のものにしては
ならないと思いました。



本日も読んで頂きありがとうございました。
0 CommentsPosted in 平和
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プロフィール

fonwaka2

Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
読んでくださっている方々も
これから
読んでくださろうとしておられる方も
信仰をお持ちの方も
そうでない方も
ここで出会ったのも
何かの御縁
末永く
よろしく御願いします^^  


忌憚なくご意見やご感想をお聞かせ
下されば幸いに存じます


旧ブログ築七〇年教会の住人
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