神様と二人三脚 

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親を頂く(1)

06 19, 2014





とっても当たり前なことを
今から書きます。


誰しも一人の人間には
父と母という親がいます。
どんな境遇の人にでも
自分という人間には 
必ず親があるはずです。
そうでなければ、
自分という人間は
産まれてくる事は
出来ませんでした。

そういう意味では
まず産まれてこれたということ
そのものが
自分という人間にとっての
根本であり
おかげの始まりであるのだと思います。

このように
両親がいて下さったおかけで
産まれてこれたのですから
その親がどんな親にしろ
そこに報いるべき
恩があると思うのです。


最近は子が親を選んで産まれてくると
言う人がいますが
実際に自分がどのようにして
親を選んだかということは
記憶にないのが実際で
親を選んだという自覚は
子の方にはないのです

また一方で
わたしは3人の子の親ですが
自分がこの子とこの子とこの子
という風に選び、時を選んで
産むことが出来たわけではありません。
無事に産まれて来れるかどうか
また、どんな子が産まれてくるか
産んでみなければ分かりませんでした。

さらに子が産まれたとしても
どんな人間になるのか
育ててみなければ親には分かりません。

このような人になってほしいと思って
親が思っても
思い通りに育ってくれるかどうか
見当もつきません。

そういうことからすると
自分がこの子を産んだには
違いはないけど
産もうと思って産めた子は
ひとりもいないのだと思わされます。

ではどうやって産まれてきたのか?
誰が何のために
親と子の縁を結んで下さったか?ということです。

それは天地の親神様のお働きがあって
親子の縁が結ばれたのだと思うのです。

なぜお働き下さったかというと
親神様の願いをかけてくださっているからだと
思います。

そして
お互いにとって必要だから
結んで下さった縁であると思うのです。

ですからわたしたち人間には
本来両親の元に産ましめて下さった
親神様に報いるべき大恩があると
思うのです。

わたしは
年老いた両親の一人っ子として
産まれました。

それはこの両親の元に生まれることが
わたしに必要であったからだと
思うのです。
そこに神様の並々ならぬ
願いがあって
わたしは産まれてこれたのだと
思います。

ですから
わたしは親神様がかけて下さった
願いを受けていくことこそ
わたし自身の人生が意味を持つものに
なると思うのです。

それがわたしにとっての
真の道筋を歩むことであると
思います。

そういうことからすると
まずは自分の両親のことを知り
事柄を踏まえて
わたし自身が両親を頂けることにならなければ
真の親孝行は出来ないし
そのことから逃げていては
自分を両親の下に産ましめて下さった
親神様の願いが分かり
親神様の大恩に報いることに
繋がらないのだと思います。


そういうことから
まずは両親のことを改めて
頂きたいと思います。


本日も読んで頂き
有難うございました。



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真の道筋

06 17, 2014




ここ最近
様々な出来事を通して
考えさせられていることがあります。

それは
わたしが信心させて頂いていると
思っているけれども
本当にそれが

このお道の信心になっているのか??
ということです

わたしは教会の教会長として
神様に願いをかけて頂いているけれど
その当の本人のわたしの信心が
一体どうなっているのか?
というところです。

信心のない主人やこどもたちに
信心を伝えたいと願っているけど
どういう信心を伝えたいのか?

ただ神様に手を合わせてくれたら
それでいいのか?

とりあえずお取次頂いてくれるように
なればそれでいいのか?

お道の教師になってくれたら
それでいいのか?

教会を継いでくれたらそれでいいのか?

教会に信者さんが
沢山お参りになれば
それでいいのか?

信者さんが助かって欲しいと
願っているが
どのようなことが
「助かり」なのか
わたしは分かっているのかだろうか?

そんなことが
頭の中をグルグル回っております。

教典の中に
「慎戒(しんかい)」
1、真の道の心得

というのがあります。

その中に

一、真の道におりながら真の道をふまぬこと

とあります。

また、

一、信心する人の真の信心なきこと

ともあります。


ここが私の中で
とてもとても問題になっているのです。

信心させて頂いてありがたいと思う
神様の有り難いことも分かっている

でもわたしが信心していると思っていることは
実際神様からご覧になったら
神様がお喜び下さるような
信心になっているのだろうか?

という疑問が
心の中でフツフツと沸いてきているのです。

わたしは以前このブログの
「不惑」というカテゴリで
自分のこれまでの歩みを
綴りました。

でもただ綴っただけに
留まって
自己満足にとどまって
それが一体どういうおかげだったのか?
という取りまとめをしていなかったなあと
思うのです。

この今までおかげを頂いてきたことに
関して
ここにきて、改めて
現時点のわたしの視点と信心で
取りまとめてみたいと
思いました。

わたしは御縁を頂いて
このお道の信心をさせて頂いてきたし
この道を歩まさせて頂いてきておるけれども
わたしにとっての真の道とは
どういう道筋であるのかを 
踏まえ直してみたいと思います。



本日も読んで頂き
有難うございました
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真心 ~しんじん~ (3)

06 05, 2014



墓石屋さんと契約を交わして
母方の祖父母の墓の補修と
主人の実家の墓の改葬と
教会の奥津城の建立と
ほぼ同時進行で始まったのは
先々代教会長である父の15年の式年祭が
終わった昨年暮れのことでした。

そして今年の1月下旬に
一応完成したのでした。

しかし
出来上がった教会の奥津城を見てがく然!

当初わたしが伝えた文字の配置が
逆になっていたのです。

墓石は立派に出来ているだけに
正直ショックは大きかったです。
なんといっても
お墓の顔になる部分が間違っているのですから。

とは言え
担当の営業の方も困った様子でしたので
あまり迷惑はかけられないと思い
これで良いかと
つい妥協しようとしました。

すると主人が言うのです

「そうやって納得出来ず妥協したものを
これからずっと目の当たりに
しながら拝むのはどうなんだろう?
本当にそれでいいのか?」と

その主人の言葉で
確かにやはり納得していないものを目当てに
拝むのは良くないと思いました。

そして改めて
墓石に彫る文字の大切さに
気がつかされたのです

今思うと
配置が逆になってしまっていた言葉というのは
なんとなくゴロの良い格好のつく言葉を
自分で考え選んでいたものでした
配置が逆になって
改めてその言葉の内容の薄さが
露見してしまった感じがしました。


それでわたしだけでなく
後々の者が拝むのに
もっと相応しい
筋の通ったものにさせて頂きたいという
新たな願いが生まれました

自分の奥津城に対する
願いが浅はか過ぎたことや
自分で建てようとしていたことをお詫びし
そして神様のお計らいで
こうならせてもらったんだから
是非このことをおかげにさせて頂きたいと
思いました。





改めて
もう一度やり直してもらう交渉を始めました。
営業の方はかなり困った様子でした。
でも当方の確認ミスなのでということで
取り敢えず墓石代を全額納金することを条件に
仏石の部分の交換に応じてくれました。


さらにこの際
前の案を白紙にして
もう一度墓石に彫ってもらう文字を
考え直したい旨をお伝えすると
それは交換ですので大丈夫ですと
快諾をもらいました。


親教会へそのことを御取次願いました。

墓石に彫る言葉を
親先生も一緒に考えて下さいましたが
なかなかピン!とくる言葉が
見つかりませんでした。

すると親先生が
「貴方自身が御神前でご祈念させてもらいなさい。」
とおっしゃいましたので
その通りにご神前でご祈念させて頂きました。

しばらくすると、
心の中に

「真心」

という言葉が浮かびました。


これは
「まごころ」と読むのではなく
「しんじん」と読むのだと
思いました。


さっそく親教会に御礼のお届けを
させて頂き
後々の工程に誤りのないように
改めてお願いさせて頂きました。

そして今度は
営業の方と
間違いがないように
慎重に打ち合わせをしました。

3月の始めには墓石が入荷出来るということでしたので
連絡を待つことにしました。




ところが3月の半ばを過ぎても
連絡がありません

心配した主人が
営業の方ではなく
直接墓石屋さんの本社へ連絡を入れました。

すると墓石交換の話が
上司のところまで報告されておらず
墓石も再注文されていなかったことが
発覚しました。

このことをおかげにさせて頂きたいと願いながら
なんでこんなことが?!と相手を責め
狼狽える自分がいました。
自分はまだまだやなあと思いました(笑)

主人と二人で事情を伺いにお店へ出向きました。


幸いにも
上司の方と社長さんが真摯にこちらの
話を聞いて下さいました。

改めて内部で調査してもらうと
その営業の方のミスということが
証明される書類が出て来たのでした。

そして謝って下さり、
早急に交換させて頂くという確約を下さいました。

その後は
社長さん自らが対応して下さり
順調に打ち合わせ、発注、工事が進み、
4月の末に無事に
建立のおかげを頂いたのでした。




このように
教会の奥津城建立に至るまでは
長い年月を必要とし
その中で紆余曲折があったものの
そのおかげで改めて大切なことに
沢山気がつかせて頂きました。


そして自分の力で建てたのではなく
神様のご都合お繰り合わせを頂き
教会の守りの神である御霊様のみ祈りと
お導きのままに
建てさせて頂けたということを
ひしひしと感じています。

奇しくも今年は
三代教会長である祖父の40年の式年。
秋に仕えさせて頂く式年祭を前に
このような運びにならせて頂けたことは
御霊様のお導きあってのことに
違いありません。


わたしは長い間
叔父との関係に悩み苦しみ
祖父の御霊様に対しても
そっぽを向くような時期があったにもかかわらず
諦めずに御霊ながらに
願いをかけて下さっていたと思うと
その親心が有り難くて勿体なくて
申し訳ない気持ちで一杯です。
この御霊様の親心に如何に応えさせて
頂くべきか
またも大きな課題を頂いた気がします。



神様が彫って下さったと言っても
過言ではない
「真心~しんじん~」という言葉の中に
神様と御霊様からお示し下された
これからを受け継ぐわたしへの信心の指針と願いが込められているように思います。

これから先
教会の奥津城に
手を合わせて拝ませて頂くたびに
わたしはそのことを心して
その願いの内容を求めさせて頂きたいと
同時に後々の者にその願いを
渡せるわたしにお育て頂きたいとの
思いを新たにしているところです。




本日も読んで頂き
有り難うございました。

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真心 ~しんじん~(2)

06 03, 2014




今から2年前
教会の開教95年記念の年でした。

父方の本家の墓が
千葉に改葬され
父の遺骨は教会の御霊舎に
戻ってきました。

それから1年後の昨年のことです。

母方の叔父から
お墓のことについて相談がありました。

叔父の話では
教会から車で3分くらいの場所にある
母方の祖父母の墓の修繕工事を
近々考えているということでした。 

母方の祖父は
教会の三代教会長で
その墓は祖父自身が建立したものです

墓所内は敷地が広く
しかも老朽化していて
高齢の叔父にとっては管理も大変でした。

そのような事情もあって
管理しやすいように工事を進めようと
考えているが
もし良かったらこれを機会に
墓所の一部を譲るので
両親が入る墓を建立したらどうかと
ご提案下さいました。

さらに
両親の墓と義実家の
2つの墓守をするのは大変だよと
先々のわたしたち夫婦のことまで案じて下さり
主人の実家のご事情が許せば
そちらの墓もうちの墓所に移してこられても
構わないということでした。



この母方の叔父とは
両親がまだ存命だった20年くらい前から
様々なことが原因で
険悪な関係が続いていました。

当時のわたしは
叔父に対しての不信感で一杯で
とても憎んでいました。
母もそんなわたしのことを心配していた
ものです

叔父との関係が
本当に辛くて仕方なかったものですが
親教会の御取次を頂き
神様のお計らいのまにまに
色々と思い分けさせて頂いたり
自分の過ちに気づかせて頂いたりして
心の改まりを稽古する中
気がつけば
2年前の教会の記念祭のあたりから
叔父との関係改善のおかげを頂いていました。




とは言え
お墓についての叔父からの提案は
夢にも想像出来なかった突然のお話で
正直戸惑いもありました。

わたしは
親教会で御取次を頂き
結局そのお話を
受けさせて頂くことにしました。

幸い母が存命中に購入した墓地は
いつでも返却可能でした。

改めて叔父に
教会の奥津城として建立し
そこに両親の遺骨を収めさせて頂きたい旨を
お願いしたところ、
了承して下さいました。



一方
主人の両親にも
叔父からの提案を相談させて頂きました。

主人の実家の墓は
教会と同じ市内にあるお寺の敷地内の墓地に
ありました。

1年前に主人の祖母が他界し納骨した時点で
すでにその墓の納骨スペースがなく
墓の改葬が必要な状態にありました。

そのため主人の両親は
主人の実家近くに土地を購入し
いずれそこに新しい墓を建立する計画を
しているそうでした。

主人の両親も叔父の提案を機に
先々のことも含め
改めて考えて下さいました。
新たに購入した墓土地も
返却可能ということも幸いして
叔父の提案通り
お墓を移すことを決断して下さいました。

こうして
三代教会長夫妻である母方の祖父母の墓所に
教会の奥津城と
わたしの嫁ぎ先の家のお墓が
集合することになりました。

墓石屋さんとの交渉も整い
いよいよ着工の運びとなったのは
奇しくも
父の15年の式年祭直後の
昨年暮れのことでした。



続く


本日も読んで頂き
有難うございました。


こちらの過去記事も
合わせて読んでみて下さい


今ここから | 神様と二人三脚 



神様と共に歩む道程 | 神様と二人三脚 




不惑37 | 神様と二人三脚 


天国に行ったひいばあちゃん | 神様と二人三脚 





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真心 ~しんじん~(1)

06 02, 2014



先日、わたしが御用させて頂いている
教会の奥津城(お墓)建立の
御礼の御祭と
先々代、先代教会長である
わたしの両親の納骨祭を
親教会長先生
御祭主のもとに
仕えさせて頂きました。

この奥津城の建立に至るまで
かなりの紆余曲折がありました。
その経緯を振り返り
今思うことを書き記しておきたいと
思います。



先々代教会長である父がお国替えした16年前
一旦は父の生まれ故郷大分の
とある山奥にある本家の墓に
父の遺骨を納めることにしました

しかし
身体の不自由だった母には
その本家の墓にお参りすることが
なかなか困難でありました。

そこで
先代教会長である母は
教会の近くのどこかに
教会の奥津城を建てさせて頂きたいとの願いを立て
それが叶った時のために
父の遺骨を分骨させて頂きました。

それから数年経った頃
母が市営の墓地の購入の
おかげを頂きました。

さっそく
教会の奥津城を建てさせて頂こうと
具体的に動こうとしましたが
その頃関係が悪化していた母方の叔父と
意見が合わず
教会の奥津城建立の話は暗礁に乗り上げ
分骨した父の遺骨は
教会の御霊舎に納めたままになりました。

それから数年が経ち
本来なら家の跡取りだったわたしが
長男に嫁いだため
大分の本家の墓守りをいずれどうするか
ということも問題になりました。

しかしどうするべきが
分からないまま月日は過ぎ
とうとう1年後に
母がお国替えしました。
今から9年前のことです。

納めるところが決まらず
やはり母の遺骨も
御霊舎の中へ納めておくことにしました。




さらにそれから数年が経ったころのことです。

後々のことを心配して下さった
千葉に住む父方の叔父(父の継母の連れ子)が
本家の墓の守りを申し出て下さり
改葬する運びとなりました。

その時に叔父のご配慮で
父の遺骨だけわたしが引き取らせて
頂いて教会へ持ち帰りました。

でもやはりどうするべきか
まったく目処もたちません

そのようなことで
持ち帰った父の遺骨も
教会の御霊舎へ納めたままとなりました。


続く



本日も読んで頂き
有難うございました

こちらの過去記事を合わせて読んでみてください
関連記事→


信心は、継がにゃなあ | 神様と二人三脚 




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fonwaka2

Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
読んでくださっている方々も
これから
読んでくださろうとしておられる方も
信仰をお持ちの方も
そうでない方も
ここで出会ったのも
何かの御縁
末永く
よろしく御願いします^^  


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