神様と二人三脚 

スポンサーサイト

-- --, --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

願ったことを忘れていないか?

07 17, 2013



主人と知り合ってから
今年で10年が経ちました。

わたしが29歳の時に
主人と知り合いました。

当時のわたしは
「早く結婚して、沢山こどもが欲しい」
という10年越しの願いを
叶えることが出来ずにいました。

晩婚化が進み
医療の発達により
高齢出産が珍しくなくなって
そんなに焦らなくてもいいという
世の中の風潮の中で

わたしの場合は
父を25歳の時に亡くし
母は70歳をとうに越えた高齢で
ひとりっ子でもあり
教会や家の後継のこともあり
周りの方以上に焦っていましたし、
今思えば
我利我利亡者の如く
その結婚の願いが早く叶えられる
ことに執着していました。

合コンも紹介もお見合いも何度もして
お付き合いもしましたが、
結婚までは至らず、
とうとう三十路目前という歳になりました。

そこでようやくわたしは、
なぜこの願いが叶えられないのかを
考えるに至り
願い方が間違っていたことに
気づかせて頂きました。

これまでは
「結婚して幸せになりたい」
「親に孫の顔を見せて親孝行したい」
「こどもを沢山産んで賑やかに暮らしたい」
というところからくる結婚の願いでありました。

この願い方のどこがいけないかと
思われるかもしれません。
嘘偽りのない
人としてごく当然の
素直な願いであり
わたしもこのように思うことが
間違っているとは
思えませんでした。

でもその願いの出処をよくよく
注意深く見ていきますと
みな自分中心の考えから生まれた願いのありようでした。

「結婚して自分が幸せになりたい」
「周りの人に幸せになったということを
アピールしたい」
「親に親孝行娘と思われたい」
「親孝行な人だと周りに思われたい」
「良いこどもに恵まれたい」
「理想的な母親になりたい」
「いつまでも独り者だと体裁が悪い」

突き詰めて考えてみると
みな「我よし」の心から出ていたのです。


今思えば
自分のことを自分できちんと
お結界でお取次を願い頂くことを
していなかったので
この誤りに気づかせて頂くのに
10年近く時間もかかったのだと思います。

わたしは自分の心得違いに気がつき、
それまでの
自分中心的な願い方を改め、
「神様の人助けの御用に使って頂く上で
神様が必要と思し召されるのであれば
結婚させて下さい。
必要でなければ一生独身で
御用にお使い下さい」と
願い方を変えたところ、
まもなくして主人と知り合い、
付き合い始めて1年足らずで結婚の運びと
なりました。

結婚後も3人のこどもたちにも順調に
恵まれて
1人だけでしたが、
母に孫の顔を見せることも叶いました。
気がつけば
わたしの当初の願いはすべて叶っていました。

ところが
すべてを得てからというもの
自分の思い通りにならない
夫やこどもたちに対して
不平不足を思うようになりました。

あれほど願っていたのに
「結婚なんてしなければよかった」と
思うほどまでになりました。

そしてうつ病になるまで追い込まれていきました。

そしてようやく今になって
気がつきました。

結局
わたしは、自分で願っておきながら
その願いの事柄が叶ったと同時に
どのように願っておかげを頂いたのか?
ということをすっかり忘れてしまっていたのです。

わたしは、当初の自分中心の願い方から
「神様の御用にお使い頂くのに必要であれば
結婚させて下さい」
と神様中心の願いに改めて
そしておかげを蒙りました。

ですから
わたしにとっての結婚生活とは
わたしの心を満たすための生活でなく
どこまでも人助けの御用にお使い頂くための
生活、つまりは修行であるということなのです。

であるにも関わらず、
自分の思い通りにならないこの結婚生活に
不満を並べるということは
自分が改め願ったことを自ら覆すこと
それはつまるところ
神様に方便を使って自分の願いを叶えさせたと同じことになるのです。
そのように
知らず知らずとは言え
神様に対してとても御無礼な生き方に
気がつけばシフトしていました。

信心しているように見えて
神様からご覧になったら
ひとつも信心に
なっていないわたしでした。


うまくいかない
思い通りにいかない結婚生活こそが
わたしにとっては大きなおかげ

わたしを人助けの御用に使いしめようと
神様が修行をさせて下さっているのですから
わたしは
喜びをもって
先を楽しみに
目の前の生活を大切に送らせてもらわねば
せっかく縁を頂いた主人と
授けて頂いたこどもたちと
おかげを下さった神様に申し訳が立ちませんね。


気を引き締めて
精進させて頂きたいです。


本日も読んで頂き
有り難うございました。



人気ブログランキングへ
スポンサーサイト
0 CommentsPosted in 信心

答え

07 08, 2013




夕方、こどもたちが
学校から帰ってくると同時に
忙しい時間が始まります。

夕食を作りながら
宿題をみてやるのです。

長女は小学3年になってから
宿題の量が増えて
今までよりも
机に座る時間が長くはなったものの、
その分
適当にやっつけで片付けるような
具合です。
宿題を早く終わらせないと
遊べないからと焦るのでしょう。

長男は、もともと
適当にこなす子で
ある意味要領が良いとも言うのですが、
とても雑なので
こちらも丁寧にさせることに
苦心してます。

2人とも、
解らないところがあると
すぐにわたしにきいてきます。

わたしは、
ヒントに留めて
なるべく自分で考えて
答えを出すように
促します。

こどもたちはそれが嫌で
すぐ答えを知りたがります。
でも、そう簡単に教える訳には
まいりません(笑)

そんなやり取りが毎日です。

わたしからしても
答えを教えた方が
簡単です。
文句も言われませんし、
手間が省けますし、
時短で助かります。

でも、自分で考えて
ほしいと思うので
答えは教えません。

親であれば
こどもの幸せを願うし、
こどもが喜ぶことはしてやりたいと
思います。
でも、すぐに
宿題の答えは教えません。

それは
すぐに答えを教えてしまうことは
こどものためにはならないと
思うからです。
それは勉強ではないと思うのです。


信心も勉強と同じだなあと思いました。

人生の問題にぶつかると
わたしは
何故このようなことが起きるのか
何の意味があるのか
この先どうなるのか
いつまでこの難儀は続くのかと
すぐに知りたがります。

でも、神様にお願いしても
神様はなかなかその
答えをすぐには
教えてくださいません。

ですからわたしは、
神様はずっと意地悪だと思っていました。

まるで
宿題の答えを教えてくれないと
はぶてる
わがこたちと同じですね。



神様は
わたしたち人間の親の中の
親だからこそ
すぐには教えて下さらないのだと
今になってみて思います。

神様は
知らんぷりしてるのではなくて
実は
信心に苦労しているわたしの姿を
ちゃんと見抜き見通していて下さっているんだと
思います。


わたしは
わたしの生活を送りながら
そして祈りながら
信心の課題を考え
自ら答えを探すことを
怠っては
真の成長はないのでしょう。

さて、
こどもたちは
自分で答えが分かると
とても嬉しそうです。

その笑顔が
何より嬉しいわたしです。

わたしも
神様にそういう笑顔を
見て頂けるような信心を
させて頂きたいです。



本日も読んで頂き、
ありがとうございました。



人気ブログランキングへ
0 CommentsPosted in 信心

平和って?

07 01, 2013



去る6月23日は
沖縄慰霊の日でした。
追悼式が行われ
安倍首相や防衛大臣、外務大臣が
参列されたことが
ニュースで報じられていましたが、
肝心なことをわたしたちは
ここでしっかり知らなければならないと
思います。

沖縄戦のお話を伺ってみると
内地での空襲や、
広島、長崎での原爆投下とは
また違った苦しみがあったのだなあと
いうことを思います。


沖縄戦は、
内地が経験したことのない
地上戦でした。

空襲に加えて
海からの砲撃戦で
逃げる隙間なく降り注ぐ爆弾や
上陸進軍してくる敵兵から
身を護るために、
住民や日本軍は
ガマという洞穴の中に逃げ、
身を潜めます。

しかし
だんだんと敵軍に追い詰められると、
敵軍の捕虜になって
屈辱的で残虐な仕打ちにあうという
噂に
そんな目に遭うくらいなら
自らで生命を断とう
という暗黙の了解のもとに
配られていた手榴弾で
沖縄の人々は
次々に集団自決をしてしまいます。
手榴弾が湿って不発し
死に切れなかった時には
家族同志で殺し合いを
したそうです。


また、
投降しようとする人や
沖縄の方言を使っている人は
スパイ容疑をかけられ、
本来守ってくれるはずの日本兵によって
見せしめのために殺されたり、
泣き声で敵軍に居場所がバレるという理由で
何の罪もない乳飲み子が殺される
という悲劇も沢山生まれたそうです。

洞穴の中で行われていたのは、
味方同志、身内同志の殺し合い。


運よく生き残った人々のなかには、
喜びよりも
生き残ってしまった罪悪感に
苛まれ続けた人は少なくなかったはずでしょう

戦争はそうやって
人々の心を後々まで蝕んでゆくのです。

戦争のない平和な時代に生まれたわたしは、
青い空や穏やかな海から
爆弾が飛んでくるということなど
考えたこともありません。

人を殺すなんて
悪い心を持ったひとがする事だと
思っています。

それは至極真っ当なことです。

当たり前なことですが、
戦争は
それをも狂わせます。

真っ当な人間が人を殺さなければ
ならないようなことになります。

父が体験したシベリア抑留でも
酷寒と飢えと強制労働の日々によって
如何に他人を蹴落として
自分達が生き残るかということが
抑留者の心を支配しました。
もちろん好き好んでしたことでは
ありません。
生き残るということが
つまりはそういうことなのです。

生き残って帰ってきた者は
少なからず
そういう過去をひきづり
あるいは
心の奥底にしまい込んで
残りの人生を生きることになるのです。



このたびの沖縄の慰霊の日追悼式で
朗読されていた
沖縄の小学生の詩を紹介させていただきます



    ◇

「へいわってすてきだね」



へいわってなにかな。

ぼくは、かんがえたよ。

おともだちとなかよし。

かぞくが、げんき。

えがおであそぶ。

ねこがわらう。

おなかがいっぱい。

やぎがのんびりあるいてる。

けんかしてもすぐなかなおり。

ちょうめいそうがたくさんはえ、

よなぐにうまが、ヒヒーンとなく。

みなとには、フェリーがとまっていて、

うみには、かめやかじきがおよいでる。

やさしいこころがにじになる。

へいわっていいね。へいわってうれしいね。

みんなのこころから、

へいわがうまれるんだね。

せんそうは、おそろしい。

「ドドーン、ドカーン」

ばくだんがおちてくるこわいおと。

おなかがすいて、くるしむこども。

かぞくがしんでしまってなくひとたち。

ああ、ぼくは、へいわなときにうまれてよかったよ。

このへいわが、ずっとつづいてほしい。

みんなのえがおが、ずっとつづいてほしい。

へいわなかぞく、

へいわながっこう、

へいわなよなぐにじま、

へいわなおきなわ、

へいわなせかい、

へいわってすてきだね。

これからも、ずっとへいわがつづくように

ぼくも、ぼくのできることからがんばるよ。








本日も読んでいただき、
ありがとうございました。

追伸
下のサイトの記事を
参考にさせていただきました。

4人に一人が死んだ沖縄戦
集団自決 戦後64年目の告白
47NEWS 平和の詩
1 CommentsPosted in 平和
ご訪問ありがとうございます
LOGIN
ランキングに参加しています
応援 よろしくお願いします
プロフィール

fonwaka2

Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
読んでくださっている方々も
これから
読んでくださろうとしておられる方も
信仰をお持ちの方も
そうでない方も
ここで出会ったのも
何かの御縁
末永く
よろしく御願いします^^  


忌憚なくご意見やご感想をお聞かせ
下されば幸いに存じます


旧ブログ築七〇年教会の住人
よろしかったら覗いてみてください

神様と二人三脚 Facebookページ
当ブログのFacebookページに 更新情報とフォトエピソード他をのせています。 ぜひ「いいね!」してくださいませ。

カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

フォローお願いします

RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。