神様と二人三脚 

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不惑37

05 25, 2013



記念祭をお仕えする
数週間前だったと思いましたが
ある夢を見ました。

うちの教会の広前で
御大祭の準備が
進められていました。
すると羽織に白衣に紫袴の親先生が
外殿に入られました。
そこで
場面が変わり
わたしは広い野っ原にいました。
そしてNさんを
背中に負ぶっていました。
晴々とした
のどかであたたかい雰囲気の中で
わたしはとても穏やかな気持ちで
Nさんを負ぶっていました。
Nさんもそれを拒むことなく、
わたしの背中に
素直におぶられておいででした。




この夢を見た直後は
大変奇妙に思われ
意味がサッパリ分かりませんでした。

それは
現実の世界では
Nさんとわたしが
20年もの長い間
仲違いをしていたからです。





わたしがまだ10代の頃の話に
遡ります。





中学2年の時に母が
そして
高校2年の時に父が
脳梗塞で倒れました。

その頃から、
教会内で
様々な問題が起こりました。

その事により
教会長である父への不信感を
信者さんがつのらせてしまうと
いうようなことになりました。

父の教導が厳しく
信者さんからすれば
責められているように
感じられたのだと思います。

もちろん父の方に
まったく問題がなかった
訳ではありません。
でもその中には、
様々な誤解もありました。
父も焦っていたのかも
しれません。

Nさんは、
父と信者さんの間で
この状況をなんとかせねば
という思いがあられたのだと
思いますが

まだまだ
世間知らずなこどもだったわたしは
その問題によって
人間のいやらしさというものを
嫌というほど肌で感じ、
いつからか
Nさんのことを憎み
Nさんの全てを拒絶するまでに
なりました。

Nさんも
わたしの態度に激怒し、
事あるごとに対立しました。

このことが
その後の20代のわたしの心に
暗い影を落としました。

父が亡くなっても
Nさんとの関係は悪くなる
ばかりでした。

さらに時が経ち
結婚して母が亡くなっても
それは変わりませんでした。

むしろ悪くなるばかり

教会長にお取り立て頂いてからは
Nさんからの非難を
わたしが直接浴びることが増え
辛くて仕方がありませんでした。




その間
親教会に月参りさせて頂く中で
Nさんとの事を
お取次願うようになりました。

幾度となく泣き泣き
お取次願いました。

なぜ両親は責められなければ
ならなかったのか。
両親の人生が
苦労ばかりで
人のために祈ってばかりで
報われない人生のように
思えて仕方がありませんでした。

親先生や親奥様は
そんなわたしに
長い年月をかけて
神様の願うところをお話
下さり、神様に取次ぎ、
祈って下さいました。

その中で
「辛抱して、Nさんの言い分を立てていきなさい。」
ということが
神様の願われるところだと
少しずつ分からせて頂いて
その稽古をさせて頂きました。

最初は無理矢理していたのが
段々と稽古していくうちに
わたしの心が変わっていきました。
様々な事柄を通して
Nさんの思いを理解し
Nさんを受け入れることが
出来るわたしにならされていたのです。

しかし、
Nさんはなかなか許しては
下さいませんでした。
それは身から出たサビだと
自分に言い聞かせて
辛抱させて頂きました。
いつの間にか、Nさんへの憎しみのような感情は消えていました。

すると、
教会が水害に遭った時あたりから
Nさんのわたしに対する
態度が軟らかくなってきました。




そして
記念大祭を間近にひかえたある日
Nさんにとってある吉報が
もたらされました。

昔のわたしからしたら
とても喜べなかったと思いますが、
その時は素直に喜べるわたしに
ならせて頂きました。
それはその吉報が
両親の苦労をも包み込むものであるようにわたしには感じられたのです。




あの夢は、
Nさんにもたらされた吉報と
それをきっかけとして
長い間拗れに拗れてきた関係に
終止符が打たれるという
神様からのお知らせだったのでした。

それは、何より、
神様と御霊様のお働きと、
親教会のお結界の御祈りを
頂いているという元、下地があって
成し得られたことであることも
あの夢は教えて下さっていました。


この記念祭を境に
わたしの約20年の苦しみは
氷が溶けるがごどく
消えていきました。

そしてそれから後は
夢で見せて下さったように
Nさんとの関係は
穏やかなものに変わる
おかげをいただきました。



本日も読んで頂き、
ありがとうございました。


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不惑36

05 24, 2013



次男の入園のことを相談して
反対された時に
主人にこう言われました。

「御用や祭典の準備は出来る範囲でやればいいじゃないか。
信心のことは分からないけど、
結局肝心なのは形や体裁じゃない、気持ちやろ?
一生懸命に本気でやれたとこまでやれればそれでいい。
他所の真似して無理せんでいい。」



わたしは
ハッとさせられました。



記念祭を仕えさせて頂くことに
ついて
わたしの心はいつの間にか
大切にするべきことから
大きく
ズレていました。

他所の教会の記念祭に
見劣りしないように
とか、
記念祭らしく盛大にしなければ
とか、
体裁ばかりを
気にするようになって
無理矢理
事を進めようとしていたのです。

それは明らかに
神様への御礼の気持ちから
出たものではありません。

只今の今、
おかげを頂いていることへの御礼が
わたしの心の中から
すっかり抜けていることを
主人は知ってか知らずか
指摘して下さったのです。

信心しているといっても
信心になっていない自分を
思い知らされ、
頭から冷や水をかけられたような
心地がしました。

それからは心を改め
次男の入園はやめにして、

とにかく出来るところまで
させて頂きたいとの願いで
御用に使って頂きました。


記念大祭当日まで1ヶ月
信者さんや家族も
真心で御用を受けて下さり、
共に準備を進めさせて頂きました。


そしてついに
平成24年5月3日
天地金乃神大祭に併せて
開教95年記念大祭を
恙無く
奉仕のおかげを蒙りました。

他所のお教会に比べれば
本当にささやかな記念大祭だったのかもしれません。

しかし、
当初させて頂きたいと
願ったことについて
気がつけば
すべて形となって
させて頂くことが出来ていました。

わたしの
精一杯をお供えさせて頂けたことが
ただただ有難いばかりでした。

さらに
おかげは
そればかりにとどまりませんでした。

その記念祭をきっかけに
長年わたしが苦しみ続けてきた
ある事について、
少しずつ状況が変わっていることに
気がついたのでした。



本日も読んで頂き、
ありがとうございました。



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不惑35

05 22, 2013





心療内科へ通院し
お薬を服用しつつ、
体調の良い合間をみて
記念祭の準備を進めさせて
頂きました。

記念祭の準備と言っても
大したことは
出来なかったような
気がします。

ただ90年祭の時よりも
一歩だけでも進ませてもらいたい
との願いがありました。

頭の中で具体的に願いを立てたのは、
御神前の設えの新調
何か手作りの記念品を作る
記念祭のパンフレットの作成
そして、百日信行でした。

頭で考えるのは簡単ですが
行うのは難しい
しかも、
健康な状態ではない自分

特に難しかったのが
百日信行でした。
記念祭当日前後50日の百日です。

百日信行と言っても
朝10時の御祈念だけです。

こどものママゴトのような信行です。

しかし、 わたしの状況は
定時の御祈念
決まった時間に
神様の前に座るというのが
出来なかったのです。
朝10時の1回を100日座るということに
全く自信がありませんでした。

3月のある日

まもなく3歳になる次男を
4月から幼稚園に入れたいと
主人に相談しました。

理由を尋ねられ、
記念祭の準備のことや
そろそろ教会の御用に力を入れさせて
頂きたい気持ちを伝えました。

しかし、主人は
気がすすまない様子で
「子どもを邪魔者扱いするな。
教会の犠牲にするな。」
と言いました。

もちろんそういうつもりでは
なかったのですが、
主人の指摘する通り
そういう風にしか聴こえなかったのだと思います。

最終的には
主人が折れてくれて
4月から4年保育で入園させて頂くことに
一旦決まりました。


しかし、主人の言葉が心に
引っかかり、
ここで自分の我を通しては
おかげにならないと思い直し、
もう1年、
次男を手元に置かせてもらうことに
わたしの気持ちが固まりました。

その後どのように準備を進めさせて
頂いたのか
あまり記憶がありません。(⌒-⌒; )
神様に縋りつつ
お薬のお力をお借りしながら
なんとか、
ラストスパート
準備をすすめさせて頂きました。



本日も読んで頂き、
ありがとうございました。




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不惑34

05 20, 2013




軽症うつ病という診断で
原因不明の症状に
病名がついたことで
ホッとする面もありました。


当初
PMS(月経前症候群)ではないかと
思っていたのですが
心療内科のお医者様曰く
PMSの場合は
症状が出る期間が限定的で
症状がもっと分かりやすいそうなのです。

わたしの場合は
症状が継続的なことから
うつ病と考える方が
自然だということでした。

体重の増減の変化が激しい
(太る、痩せるの繰り返し)
寝つきはいいのだけど
夜中や朝方に目が冴える
というような軽い睡眠障害なども
ありました。

お医者様には、
抗鬱剤、抗不安剤を
処方して頂きました。

精神薬を飲むことについて
とても抵抗があったわたしは、
一回飲んではみたものの
そのまま暫く飲まないままでいました。

飲むべきか飲まざるべきか
迷っていました。

わたしの様子を心配した主人が
ネットで調べた
うつ病についてのサイトを
わたしに見せながら
「うつ病は脳の病気で薬で治るらしいよ」
と薬を飲むことを勧めてきました。

それで
やはり薬を飲むことにしました。

しかし、
反比例する如く
症状が悪化していきました。


年が改まり
とうとう開教95年の年が明けました。

何も手がつかず、
布団に潜って苦しむ日が
多くなりました。

気持ちは焦るばかり
しかし
落ち込むばかり

お医者様が
「これは本格的に治療した方が
いいですね」
と言って
お薬を代えて下さいました。


お医者様には
一切の宗教活動をやめて
家庭と育児の最低限のことと
休養に専念しましょうと
言われていました。

それが出来れば楽だと思いました。

お医者様の言うことを聞くべきなのでしょうが
わたしの代わりをして下さる方は
いないので休む訳にはいきません。

月例祭の御用は辛うじて
お仕えさせて頂きました。

今振り返ってみて思うに
心身が動かないのを
御用にお使い頂くことで奮起させられ
結果
ますます鬱に溺れずに済んだという面も無きにしも非ずだったと思います。

しかし、その当時は
そのように考えられませんでした。
御用は最小限に絞ったとしても
家事、育児の仕事があったので
家の中でしっかり休むことは
出来ませんでした。

お医者様は
「今のうちにしっかり休養をとって
養生しないと、入院しなくてはならなくなるかもしれませんよ。」
と言われました。

そしてよくご主人と
相談するように
促されました。


主人はわたしの病気に関して
「薬を飲めば治るはず」ということで
あまり親身になって
考えてくれない
気がしていました。

元気ハツラツな人に
病気の人の気持ちを慮れと
言っても
実際難しいことです。

ましてや、うつ病なんて
相手には見えない心の中で
起きてくるもの
それを理解しろというのは
大変難しいのです。


記念祭まであと数ヶ月

家族からも
見捨てられたような思いで
ポツンと独り
布団の中で
言い知れぬ絶望感が
わたしの心を支配していました。



本日も読んで頂き、
ありがとうございました。



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不惑33

05 19, 2013


2011年の春
長女は小学校に入学しました。
次男は2歳のイタズラ盛りを迎え、
長男とよく喧嘩をするように
なりました。

元気に成長のおかげを頂いているから
こそのことでありますが、
上のふたりよりも活発な
次男に振り回される日々を
いつしか喜べなくなっていました。

そして冷えていく一方に思われる
主人との関係

段々と
家庭の中のことに
行き詰まっている中で
教会の95年祭まで
1年を切りました。

4年前、
準備不足もあり、
自分にとって不本意な
90年祭をお仕えした
気がしていたのですが、
また同じようなことに
なりはしないかという
不安に苛まれるように
なりました。


実際の教会の内情も
詳しくは差し控えますが
相変わらず
殺伐とした雰囲気であり、
それはすべて
教会長である自分の不徳からの
ことでした。


育児や家庭の中のことに追われ
御用が手薄になっていた
後ろめたさから
神様に心が向かわなくなって
いました。

いよいよ追い詰められていました。


そんな中
日々の生活の色々なことに
支障が出るようになりました。

ついウッカリが増える
朝起きても身体が重くてしんどい

もともとのんびり屋で
不器用な方なのですが、
さらに物事の処理が
さっさと出来なくなる。

疲れているせいだろうと思って
色々なサプリを試してみたりしますが
一向に良くならない


特に生理前になると
気持ちが非常に沈んだり、
または逆にイライラして
過食をしたり
こどもたちに八つ当たり
するなどしたりと
一層情緒不安定になるように
思われました。


決定的だったのは
その年の秋の生神金光大神大祭の準備ときに御用に
手がつかなくなったことでした。

とにかく辛い
どこから何をしてよいのか
分からない
そして失敗ばかり

明らかに自分がおかしくなっているのを感じました。

そんな中でもなんとか
大祭をお仕えできました。

わたしは
生理前の不調から
婦人科関係の病気かもしれないと
思い、
思い切って婦人科を受診してみたところ、
以外にも
そこで「軽症うつ病」との
診断を受け
心療内科に通うことになりました。



本日も読んで頂き、
ありがとうございました。




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プロフィール

fonwaka2

Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
読んでくださっている方々も
これから
読んでくださろうとしておられる方も
信仰をお持ちの方も
そうでない方も
ここで出会ったのも
何かの御縁
末永く
よろしく御願いします^^  


忌憚なくご意見やご感想をお聞かせ
下されば幸いに存じます


旧ブログ築七〇年教会の住人
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