神様と二人三脚 

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いつもまめな心で

12 31, 2012





とうとう平成24年も
残すところ
あと一日となりました。


うつ病を患いつつ迎えた今年の始め、
わたしが頂いたみ教えは

「痛いのが治ったのでありがたいのではない。
いつもまめながありがたいのぞ」

でした。

思えば
昨年末から今年の始めにかけて
大掃除やお正月の準備が苦痛で
一向に進みませんでした。

年が開けても
お正月の疲れが尾を引き
一月は鬱状態が最も酷く長く
続きました。

あの頃に比べて
今は随分とおかげを頂き、
何思う事なく元気に
身体が動き、
心が動くことの喜びをかみしめながら
忙しく御用に使って頂いています。



うつ病はきっと完治はしていない
きっと油断すれば
また起きてくるものだと思います。
病を起こさない心になることに
努めること
それを怠らないように日々
気をつけなければなりません。
そういうことが
ようやく分からせて頂きました。



一方でうつ病は、
苦しいばかりではなく
尊いものを教えて下さいました。

夫の心、
子の心、
義両親の心、
信者さんの心、
親先生の御心、
御霊様の御心、
神様の御心が
患ってみて、初めて見えてきました。

見えているつもりで見えていなかったもの
分かっているつもりで分かっていなかったもの
そしてそこから
あぶり出されて見えてきた真の己の姿

いかにこれまでの自分は
盲目であったか
独りよがりであったか
ということに心が至りました。

そういう意味で
やはり
うつ病は神様からの賜り物であったと思うのです。



それから
今年は、
教会開教95年の節目の年で
5月には恙無く
記念祭奉仕のおかげを蒙らせて頂きました。
この記念祭を機に
約20年近く
わたしの心に重くのしかかっていた
ある問題について、
おかげを蒙らせて頂きました。

この事は
わたしが頂いている御用に向かう上での
大切な芯となりました。

その他にも
ブログには書けていませんが
様々な事柄について
最善のお繰り合わせを頂き
家族共々ここまでおかげを蒙らせて
頂きました。



来る年は
教祖130年、三代金光様式年という
教団にとって
とても
大切な節目の年です。

わたしにとりましても
金光教教師に輔命頂いて20年
父の15年の式年という
大切な節目でもあります。


今年頂いたおかげの数々
掴ませて頂いた信心を放すことなく
引き続き来年も精進させて頂きたいです。


ブログを読んで下さる皆様
今年もありがとうございました。

引き続き
来年もお付き合い下されば
幸いに存じます。

どうぞよろしくお願い致します。

最後になりましたが
来る年が皆様方にとりまして
幸多き年となりますよう
心よりお祈り申し上げます。


本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
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一陽来復

12 21, 2012



今日は
とても冷たい雨が降る中に
今年最後の月例祭を
お仕えしました。

今日はマヤ暦の最後の日
ということで
世界的にも、
終末の日として
注目を浴びているそうです。

一方で、
日本では
冬至を迎えました。

太陽の光が1番弱まる日であり、
これを境にどんどん日のお照らしが
長く強くなっていきます。



いつだったか、
数年前に
参拝者が1人もいない中、
独りで月例祭をお仕えしたことが
ありました。

家族さえも参拝しないお広前
堕ちるところまで
堕ちたなと思いつつ
不思議と
絶望感に満たされることなく
有難くて有難くて
仕方ありませんでした。

地に足がつき、
またここから
這い上がらせてもらえば
いいのだと感じたからです。

そんなことを
今日ふと
思い出しました。

あれから数年
相変わらずではありますが
御用に使って頂いていることが
有難いなあと思いました。




「四季の変わりは人の力におよばぬことぞ。 物事、時節に任せよ。」



今日は、ゆず湯に
のんびり浸かって
あったまりたいと思います。





本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
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不惑30

12 18, 2012




数日が過ぎ、
主人は仕事に出かけ
手伝いにきて下さった方々も
それぞれの生活に戻られました。

上の2人は、
幼稚園が夏休みに入りましたが、
教会がこのような状態で
したので、
昼間はおにぎりと水筒を持たせ
幼稚園の預かり保育に
通わせました。

猛暑の中、次男をおぶっての
片付けはハードでした。
主人は、熱中症を心配して
無理はしない方がいいと
言ってくれるものの、
なかなか片づかない
拭いても拭いてもきれいにならない現状に
当時は気持ちばかりが
焦っていたような気がします。

夜は熱帯夜の中
昼間の熱が冷めきらないお広前で眠りましたが、
疲れているはずなのになかなか
熟睡という訳にはいきませんでした。

大変なことになったなあと
思いもしましたが、
一方では、その大変な中に
並々ならない神様の御配慮
お繰り合わせがあっての現状なのだと
いうことを実感していました。



水害当日のことを思い出してもそうです。

①まず、川の氾濫が
夜が明けてのことであったということ。

この水害での犠牲者は
1人も出ませんでした。
被害が大きかった近くの商店街は
お年寄りの1人暮らしが多い地域でした。
もし、夜中に氾濫していたら
犠牲者が出ていたかもしれません。

うちもどうなっていたか
分かりません。
主人は当時は夜勤で不在の中
1階の広間で幼いこどもたちと4人で
寝ていました。
寝ている間に水が入ってきたらと
想像するだけでゾッとします。

②母の御霊が夢で知らせてくれたおかげで
すぐに行動が起こせたこと

買い替えのきかない
大切なものは、被害を免れました。

あるご近所の方は
まさか浸水するとは思わず、
増水する小川を眺めていて
気がつけば水が入っていて
手がつかなかったと仰っていました。

それは無理もありません。
今まで経験したことのない規模の水害で、
誰にも予想が出来ませんでした。

朝、テレビで
他県の水害のニュースをたまたま見たことも
今思えばお知らせでした。
日頃はその時間にニュースは見ずに
こどもの番組にチャンネルを合わせています。

③いつもより早く
園バスが迎えにきたこと

もし、いつもの時間にきても
道路が寸断されて
教会までは迎えに来れなかったと思います。

園の先生のお話によると、
うちに迎えに行った後
氾濫した川に架かる橋を通過した時には
川の水が波打って橋に上がる中
ギリギリ通れたそうです。
こどもたちもいつもと違う川の光景を
見たようでした。

上2人が幼稚園に行けたおかげで
こどもたちは、
教会の中に水が浸水する場面に
出くわすことはありませんでした。

下の子は、おんぶすれば
機嫌がよいので
こどものことを気にせずに
浸水に備える行動がテキパキ
こなせました。

③主人が夜勤明けで帰ってきたこと

もし、その日が日勤の日だったら
その時間主人は不在でした。
夜勤明けで
ギリギリ帰ってくれたおかげで
大きな荷物を2階に運ぶことが
出来ました。
わたし一人では到底無理でした。
それに浸水時、主人が居てくれるだけで
大変な安心でした。

神様のお繰り合わせは
まだまだこれだけに
とどまりませんでした。





本日も読んで頂き
ありがとうございました。
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不惑29

12 16, 2012


外に出てみると
小川の水が溢れて
教会のほうへ近づいていました。
しかし、
お昼前には水の勢いが止まり、
それ以上の被害は免れました。

気がつけば雨はやみ、
夏の晴れ間が覗くようになりました。

「梅雨が明けたんだ」と思いました。

教会の前の道路には
消防車や救急車が何台も停まって
臨時の災害対策本部になっていました。

空にはヘリが何台も旋回して
騒然としていました。

教会の北側の住宅地は海のようになっていて
ボートで人が救助されていました。

そういう様子を見るとはなしに
ボーゼンと眺めていました。

しばらくして
幼稚園へこどもたちを主人が迎えに行き、
こどもたちが帰って来ました。
2人とも、教会が浸水していることよりも、
消防車の方に関心があるらしく
はしゃいでいました。

上2人は、
すぐに主人の実家へ連れて行って
もらいました。
入れ替わりで
主人の父が応援に来て下さいました。

ライフラインは、
水道以外は
当日夜までに復旧しました。

特に電気がすぐに復旧したのは、
気持ち的にも助かりました。

それから
2階のお広前がしばらくの間
家族の生活スペースとなりました。

翌日にはこどもたちも戻ってきました。
義母もこちらに来てくれました。


信者さんや
隣接の教会の先生や
同じ連合会の先生も片づけの手伝いに
きてくださったり、
お見舞いにきてくださったりしました。


自治体のスタッフの方や保健所、
医療スタッフの方々なども
調査に来られて、
声を掛けて下さいました。

数日後には、
親教会からも親先生御夫妻や
若先生御夫妻や沢山の信者さん方が
来て下さいました。

様々な方々のご支援で
何処から手をつけて良いか
分からない状態であったところを
ひとつひとつ
片づけることが出来ました。

夜お広前で
家族でで布団を並べて寝る時、
真っ暗は嫌だとこどもたちが言うので
御神灯を片方だけ点けて寝ることにしました。

そのひとつだけの御神灯を見ながら
泣けてきて仕方ありませんでした。
御神灯が
そんなわたしを
優しく包みこんで
慰めて下さっているような
感覚の中で眠りにつく日が
しばらくの間続きました。





本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
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飯を食え

12 13, 2012




「空を見ろ」
「本を読め」
「飯を食え」

これは、
先月、長男が通う幼稚園に
教育実習に来た実習生の先生が
こどもたちにくれた
お別れのメッセージです。

Facebookでも
公開させて頂きましたが、
「真理だなあ」と思います。

空を見て、己の小ささを知り
本を読んで、人としての生き方や智恵を得、
ご飯を食べて、
日々元気を出して生きろ

ということかと思いました。

これをもっと
このお道風に例えると

空を見ろー天を仰ぎ奉れ
本を読めー教えを聴け
飯を食えー地から生じた物をありがたく頂け

とも言えるかなと思います。




この中の
「飯を食え」ということが
如何に大切であるか
ということを
先日の本部参拝の折、
四神様のみ教えの中に見つけました。

以前も読ませて頂いたことのある
お伝えですが、
当時は全く
意味が分かりませんでした。

今は、うつ病を患ったおかげで
骨身に沁みるように分からせて頂けることがとても有難いです。

長いですが、
以下に引用させて頂きます。


ご本部より三里ほどの所に、
備中ビッチュウでは
一といって、二につかぬ
納税家がある。

この家の親たちは、
よほど早くから信心しておったんじゃが、
この息子は、病気で五年の間、
病院巡りをした。
初めは、玉島タマシマの病院に入院して、のちに岡山の病院に行き、
また姫路の病院から一ノ谷、
大阪の病院へと、
だんだん東へ行ったけれども治らなかった。
また大阪の外国人の病院まで行き、
金にまかせて尽せるだけ尽したけれども、
だんだんに悪くなるばかりで、
少しも治らなかった。
医者も、もはやこの上は尽す道がないと言うたのじゃ。

それで本人もあきらめて、
「もう仕方がない。
同じ死ぬのなら家へ帰って死にたい。親の墓と同じ所へ行きたい」
と言って家へ戻ったのじゃ。

もうこの上は、
「親の信心している親神さまへお頼みするよりほかはない」と言って夫婦連れで参って来たわい。

このとき、
腹からの氏子でなければ言わないのじゃが、
この人は腹からの氏子じゃから言ってやったのじゃ。
「金光さま、どうぞお頼み申します。お助けくださいませ。死にとうございません」

と言うたから、

「おかげがほしい、 助かりたいと思うなら、これから毒を止めて、薬を食べなさい」

「金光さま、五年の間一日も薬を食べない日はございません。粉薬や水薬、丸薬、時間を決めて、三色四色くらい食べております」

「それは毒を食べたのじゃ。
食べてだんだん治ったら薬じゃが、
食べてだんだん悪くなったら毒じゃから、
幼い時から食べて大きくなった好きなものを食べなさい。
食べて大きくなったものが一番の薬じゃから、
これからは、
自分の好きなものを食べなさい。
そして一心に神さまへお頼みしなさい。
これまで食べて治らなかった薬は、
一週間くらい止めてみなさい。
そのために死ぬようなこともありますまいから」
と言ってやったら、

「それでは金光さま、
一週間だけ薬は止めてみます」
と言ったから、

「薬は止めてはいかぬ。
薬を食べるのじゃ」
と言ったら、

「はい、分かりました」
と言って帰って行った。

一週間目に参って来て、
「金光さま、ありがとうございます。薬を止めて毒を食べて
だんだん具合がよろしゅうございます。
まことに妙なことでございます」

「いや薬を食べたのじゃ」

「いや金光さま、お薬は食べません」
と、やっぱり言った。

「薬を食べたから、だんだんよくなったのじゃ」

「さようでございます。私が間違っております」

「それではまた、一週間だけ毒を止めて薬を食べなさい」

「それでは金光さま、そうさせていただきます」
と言って帰った。

また二週間目に参拝して、
「金光さま、ありがとうございます。だんだん熱がついてまいりまして、
大いによろしゅうございます。
今日のところではもう一週間もたてば、
本人がお参りさせていただけるかと思っております」

「それではだんだんよければ、
これまでどおりにして、
もう一週間してみるかな」
と申したら、
また、
「金光さま、もう薬は食べません」
と言うから、

「薬を止めたら命はないぞ」
と言うたことじゃ。

薬は口癖になっておるのじゃ。

三週間目には、
三里の道を車に乗ってはもったいないと言って、
両親と病人とが歩いて参って来て、

「金光さま、恐れ入りました。
五年の難病を二十日ほどで治していただきました。
ありがたいことでございます。
こんなうれしいことはありません。
何か神さまへお礼させていただきとうございますから、
ご注文なさってくださいませ。
何でもさせていただきます」
と言った。

「注文どおりできますか」
と言ったら、

「金ですることなら何でもいたします」
と言うから、

「それでは注文いたします。
その注文は、
命の代わりのお礼を、神さまへ供えたければ、
今後、神さまへ不足をお聞かせ申さぬようにせよ。
これだけが真のお礼じゃ」
と申しておいたのじゃ。 「杉田政二郎 伝」



「飯を食う」わたしたちの
心がどうであるか、
そこのところが
おかげを受けるか
受けられないかの
分かれ目のようです。

改めて心したいと思います。



本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
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プロフィール

fonwaka2

Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
読んでくださっている方々も
これから
読んでくださろうとしておられる方も
信仰をお持ちの方も
そうでない方も
ここで出会ったのも
何かの御縁
末永く
よろしく御願いします^^  


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下されば幸いに存じます


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