神様と二人三脚 

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お育てを頂く

10 29, 2012



来たる11月4日に
教会の生神金光大神大祭を奉仕させて
頂くことになっております。

昨日は
洒掃奉仕日でした。

午前中は、雨という予報でしたが、
小雨で済み、御用に差し支えのない
お繰り合わせを頂きました。

人数が少ない中
行き届かないところは、
沢山あるのでしょうが、
それぞれの方々が
それぞれの真心で
おかげを頂かれました。


わたしは、以前
大祭前の御用奉仕が
とても嫌でした。
必ず何かしらのトラブルがあるからです。;^_^A
ご大祭が近づくと、
色々心配になって
寝られないこともありました。

今回も色々あるにはありましたが、
トラブルといっても、
後にシコリを残さない
お繰り合わせを頂けたように思います。

少しずつ少しずつ、
年々
教会の中の空気が
澄んでいっている気がして
とても有難く思いました。
しかし、油断は出来ませんね。
すぐ掃除を怠ると部屋が汚れるように
信心もしかりです。


今回は、ありがたいことに
こどもたちも御用に使って頂けました。
特に一番頑張ったのは長女でした。

楽しそうに
いつもより
かなり張り切っておりました。

しかし、残念なことに
御用の最中に
ちょっとした行き違いから
長女が誤解を受けるということが
あったようです。

そのことで
長女は泣いていたらしいのですが、
だからと言って
その場から逃げることなく
御用を続けたそうです。

わたしは、その現場には
いなくて、後からそのことを
他の方から伺いました。

長女はその時どんな気持ちで
御用してたのだろうと思いました。

教会で生まれ育つ子特有の
試練というものがやっぱり
あるものだなあと
感じます。
わたしの過去も含め、、、、

その件について
あえてわたしから長女へ
尋ねることは
してません。
長女もそのことには
触れません。

そのことで長女は
嫌な思いをしたのかもしれませんが、
でも誰を責めるわけでもなく、
辛抱したようです。


振り返って考えてみると、
わたしが
うつ病になり、
こどもたちに
構ってあげられない日々が続く中で
こどもたちに辛抱させることが
沢山ありました。


ある時
親教会の親奥様先生から
「お母さんが病気になることで
大変な中にも、こどもたちは心のお育て頂く」
と伺ったことがありました。

長女も知らぬ間に
ちゃんとお育て頂いて
堪忍を強くさせて頂いているんだなあと
思いました。

神様が長女にも願いをかけて
下さっているからこそのことでしょう。

ありがたいことです。



本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
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2 CommentsPosted in 信心

結界取次

10 26, 2012




父がお国替えして、
しばらくしてのことです。

親教会の親先生と信者さんと共に
関係教会の御大祭に御用に向わせて頂く道中、
何処かのサービスエリアで休憩している時だったか、
親先生が突然、

「お教会では、御取次が出来ておられるか?」

と仰ったので、
わたしは、御用をしているか?ということかと
思い、
「はい」
と咄嗟に答えました。

親先生は
「そうか」
と笑顔で仰って
それ以上は、何も仰らなかったのです。

しかし、その親先生のお言葉が
後になっても
妙にわたしの心に引っかかり続けました。


そして、漠然と思いました。

きっとうちの教会では、
ー御取次が出来ていないーのだろうということを。



それから、約13年経ちますが
この13年間
真の御取次って何だ?ということを
御用させて頂きながら
親教会で御取次を頂きながら
ずっと求めてきました。

そして、分かってきました。

うちの教会では、
お取次を頂かれる方のありようは
実に様々です。


お参りされたけど
お結界には来ない方

御礼を申されて、お願いはされない方。

お願いをされて帰る方。

定期的にお供えだけを持ってご挨拶にくる方。

思うままにしゃべってお帰りになられる方。

お供え(御献備)を持参しないといけないと
思ってお結界に近づかない方。

家族でお参りされたけど、
代表がお一人だけ話をされる御家族。

お取次を頂く気になって、
おかげ頂こうとお結界で耳を傾けても、
結局、否定してお帰りになる方



確かに信者さんのことですが、
これすべて
わたしのことでもありました。

13年前のわたしのお取次の頂き方でした。

そういうことを
やっと今、
少しずつ分からせて頂いています。

わたしの頂き方が間違えば
在籍の信者さんにも間違って伝わるのです。

当たり前のことなんですが、
この当たり前のことがー気がつけないーというところに
人間の難儀なところがあるように思うのです。


氏子の願いを神に取次ぎ、
そして、
神の願いを氏子に取次ぐという
この金光教のお道の生命線を
しっかり
求め続けたいと思います。



本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
1 CommentsPosted in 信心

不惑22

10 24, 2012



開教90年の記念祭が終わったら
教会を出て行くと、
役員会で宣言したわたしに対して
ある1人の方から
「教会の御用をしなくても、
ご主人が働いて生活が出来るから
そのようなことが言えるようになったんだ」
と言われました。

とんでもない誤解でした。

そういう反論に対して
悲しいなとは思いましたが、
いちいち反論する気にもなれませんでした。

その時のわたしの心の中には、
もっと汚い心がありました。

「わたしの気持ちなんて誰にも分からない。
わたしがいなかったら、この教会は、とうの昔に
潰れていただろう。誰もそのことに気づかないんだな。」

つまり、「教会を継いでやっている」という心です。




役員会は、そのまま紛糾して終了。
どこまでも埋まらない信者さん方との間の
心の溝の深さを思い知りました。


すると、ある別の役員の方が
わたしの側に来られました。
その方はわたしの手を握って
「お辛いお気持ちは分かります。分かりますから、
どうか、どうか辛抱して下さい。堪えて下さい。」
と、泣きながら訴えてこられたのです。

ビックリしました。

その方は、祖父や父の
厳しい教導にも辛抱して来られた方でした。
孫ほど歳の離れた
頼りないわたしのことを
黙って教会長とたてて下さっていました。
きっと長い年月の中で
いろんな思いになられたこともあったと思います。

その方が並々ならないご様子で
涙を流して訴えて来られたのでした。

わたしは、
その時にその方の涙の意味を感じながら、
「この方が望んで下さっているうちは、
わたしは、ここにいなければならないな。
この方のこの思いに応えるために。」
と思いました。


その後
仕事から帰ってきた主人は
わたしの様子がおかしい事に気がついたのか
「何かあったんか」と聞いてきました。
事の次第を知った主人は
「まあ、あと5年待って変わらなかったら
その時に考えたらいい」
と言いました。

気の短いところのある主人から
そういう言葉が出るとは正直意外であり、
また、とても有難く思いました。


こうやってわたしは、また教会を出損ねたのでした。


本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
1 CommentsPosted in 不惑

不惑21

10 18, 2012



教会長就任の翌年、
長男を妊娠しました。
予定日は、
その翌年の平成19年2月23日
同年4月には、
記念大祭をお仕えすることを
決めておりました。

実は、その前の85年の記念の年には、
記念祭という形での祭典は
奉仕せずに終わりました。

父のお国替え後、
祭主代行など
身体の不自由な教会長(母)が出来難い御用を
わたしが代わってさせて頂きました。
学院で一年間修行させて頂き、
金光教教師にお取り立て頂いているとはいえ、
実際には学院で習わないことの方が多く、
正しいのか、間違っているのかさえも
わからないまま、
手探りで御用させて頂いてました。
そんな状態の母とわたしは、
記念祭というのも、
どのようにお仕えしたらよいのか
さっぱりわからず、
また、前々から願いをしっかり立てていなかったと
いうことも気になりました。
それに記念祭というのは、
何か特別で大きなことをしないといけないものだと
いうイメージがあり、
とても今の状態で記念祭をお仕えするなんて
無理だと判断し、
次の90年祭は、是非おかげを頂きたいということで
役員会でその旨をお伝えしました。

しかし、聞こえてくる声は
「90年祭までこの教会がもつかどうか、わからない」
などと、きびしいものでした。

親教会にもお届け申し、お詫び申しました。

それから五年、、、。
母はお国替えし、
わたしは、身重。
あの頃よりは御用の面では
場数を踏んだ分、
少しはお育てを頂き、
要領よく出来るようにはなったかもしれませんが、
以前よりもっともっと
不安な気持ちの中にいました。
あの時、記念祭をしなかったツケが
一気に廻ってきたような気さえしました。
出来る出来ないに関わらず、
神様がご用意なされている事柄から
逃げるべきではなかった
5年前を振り返り、ひたすら後悔しました。

しかも記念祭は、出産直後。
主人をあてにするわけにもいかないし、
わたし1人で
行き届いた準備をする自信はありません。

記念祭を失敗したら、
自分の責任になるのだなと
思いました。
そう思うと気が狂いそうになりました。

身重の身体で上の子を見ながら
家事をする日々。
御用が手抜かりになって自己嫌悪の毎日。
神様や御霊様もきっと
呆れておられるだろうと思うと、
神前に座る気にもなれない。
そんな中で
主人との間も何となくうまくいかない。

もう、辞めたい
逃げたい
教会のことを考えず、
信者さんのことも考えず、
自分の家族だけのことを考えて暮らせたら
どんなにか楽だろうか
と、思うようになりました。




いよいよ、年が明け、
90年の記念の年が始まりました。

周りの勧めもあり、
記念祭の予定を4月から5月中旬過ぎに
変更することにしました。

1月の終わりの役員会の時のことだったと思います。
今までつもりに積もった自分の感情を抑えることが
出来なくなったわたしは、

「開教90年祭が無事にお仕え出来たら、
教会長も教師も辞めて、教会を出ていきます」

と、皆さんの前で辞任宣言をしてしまいました。






本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
2 CommentsPosted in 不惑

天国に行ったひいばあちゃん

10 15, 2012



先週土曜日の朝、
主人の祖母が90歳で亡くなりました。
土曜日の晩にお通夜、
日曜日に告別式と初七日の法要があり、
家族で会葬させて頂きました。


義祖母は、ここ10年前後、
主人の実家近くの
介護施設と病院に入院していました。

数日前から容態が不安定だったようでした。
土曜日の朝、病院から連絡が入り、
長男の義父が駆けつけ、
声をかけると、
安心なさったのか、
すぐに息を引き取られたそうです。

きっと待っておられたのだと
思いました。


義祖母には6人のお子さんがいます。
義父は、兄弟で一番上で
若い頃から
よく働いて
家族の生活を支えたそうです。

そして在宅介護ではないにしろ、
10年間の長きにわたって
年老いた義祖母に寄り添い続けました。
そんな主人の両親のことを
義祖母はきっと喜んでいらっしゃっただろうと
思います。


実は亡くなった義祖母に
生前、わたしもこどもたちも、
一度もお目にかかったことがありませんでした。
お会いしたいと主人と両親に
伝えたことはありますが、
たぶんおばあちゃんは、
会っても分からないだろうということで
結局会えずじまいでした。
ちなみに主人も
中学生の頃から会っていないそうです。;^_^A

葬儀の会葬について、
忙しいだろうから無理しないでと
義母が仰って下さいましたが、
一目でもお会いして
生前の御礼を申させて頂きたいと思い、
お邪魔になるかもとは思いましたが、
何かしらのお手伝いも出来るかと思い、
こどもたちと共に会葬させて頂くことにしました。



主人の家は、浄土真宗です。
わたしの家は、家族も親戚も
金光教でしたので、
極々一般的な仏式の御葬儀に会葬することは、
ご近所さんがお亡くなりになったときぐらいで
滅多にありません。
そのようなことで
この度初めて
臨終勤行から初七日の法要までを
拝ませて頂きました。

こどもたちは、
初めて対面する棺の中のひいおばあちゃんに
色んな意味で興味しんしん。;^_^A

長女は、棺の中のひいおばあちゃんを怖がり;^_^A
長男は、何度も何度も棺の扉を覗きに行き;^_^A
次男は、棺の周りをひたすらドタドタ走り廻る;^_^A

通夜の晩は、
葬祭場に親族と共に泊まりました。
今は、葬祭場もホテル並みなんですね(°_°)
こういうことも、
身内はみな教会で葬儀だったわたしにとっては
初めての経験でした。(°_°)

義父は、
棺の横の椅子に座ったままで
一夜を明かしたようです。
あまり皆んなの輪に入ろうとせず、
口数少なく座っておられました。




夜があけて
いよいよ、告別式

お経も厳かでいいですが、
やはり、金光教のご葬儀は、
温かみがあって
故人のことを
知っている人にとっても、
知らない人にとっても
故人の生涯のことを思い、
人一人の人生のことを深く考えさせられる
いいご葬儀だと改めて思ったのは、
わたしの欲目からだけではないと思います。

式が終わり、
棺の中にみんなで花を手向けました。
義父は、顔をクシャクシャにして
堰を切ったように泣きながら
花を手向けていました。

わたしもその義父の姿を見て
涙が溢れてきました。

ふと、見ると、長男も泣いていました。
ちょっとビックリしましたが、
小さいこどもながらに
何かを感じたのでしょう。


いよいよ、出棺
こどもたちと一緒に火葬場に
向かいました。

車の中でさっき泣いていた長男が
「ひいばあちゃんは、天国に行くの?」と
聞いてきました。

こどもって
直球で真理に迫る問いかけを時々しますね;^_^A

長女が
「火で燃やしにいくんよ」と
これまた直球で答えるなか、
なんて答えよう??と色々思われましたが
「天国にひいばあちゃんが行けるように
ちゃんとお見送りしようね」
と言いました。

すると
「天国に行ったらひいばあちゃんどうなるん?」
と聞いてきたので

「これからは、ひいばあちゃんがみんなのことを
守ってくれるんよ」
と答えましたが、
これでは100パーセントな答えには
なってないなあと思いました。
でもあまり言うと
混乱するかなと思い、
それ以上言うのはやめておきました。



お骨を壺に納め、
火葬場をあとにするとき
また長男が
「ここ(火葬場)が天国?」と聞いてきました。
わたしが、違うよというと、
「おばあちゃんは天国に行ったんやね」と
長男は納得したように言いました。




火葬場に向かう車の中で長男と天国云々の
話をしているのを
同乗していた主人の弟が聞いて
「うちのこどもたちも連れて来れば良かった。」
と仰っていました。

確かに親子共々
死ぬってどういうことなのかについて考えたり
話したりするいい機会を与えて頂いたなあと
思いました。

今度からは、
主人の実家に帰って
ご仏壇の前に座したときに
これまでとは少し違う気持ちで
手を合わせてくれるといいなと
遊ぶこどもたちを眺めながら
思いました。



本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
2 CommentsPosted in 生活
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プロフィール

fonwaka2

Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
読んでくださっている方々も
これから
読んでくださろうとしておられる方も
信仰をお持ちの方も
そうでない方も
ここで出会ったのも
何かの御縁
末永く
よろしく御願いします^^  


忌憚なくご意見やご感想をお聞かせ
下されば幸いに存じます


旧ブログ築七〇年教会の住人
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