神様と二人三脚 

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親心(ハハゴコロ)

09 25, 2012





叔母(わたしの母の弟の妻)が
9月22日にお国替えしました。

叔母は、28年前に叔父がお国替えしてから
C教会の教会長として、一筋に御用下さいました。

わたしが叔母に最期に会ったのは7月。
再入院されたことを知り、
病院へお見舞いに行った時でした。
入院時は、
非常に危険な状態であられたそうですが
その後、奇跡的な快復のおかげを頂かれ、
またわたしがお見舞いに行かせて頂いたその日は、
格別に体調がいいということで
暫しお話させて頂くことが叶いました。

お話をさせて頂く中で、
叔母は、感極まった様子で
顔をくしゃくしゃにして、
わたしの手をしっかり握って下さいました。

その時、従兄弟のお嫁さんに、
数日後に退院して、
教会で介護させて頂くということを伺いました。

ー教会で最期を迎えたいー
それが叔母や家族の願いであったようでした。

それから暑い暑い夏が過ぎ、
わたしもその後どうされているだろうかと
気になっていたので
長男の幼稚園の運動会が終わったら、
C教会へお見舞いに行かせてもらおうと
考えていた矢先、
叔母のお国替えの報に接しました。







叔母が余命幾許もない
状態であることを知ったのは、
去年のC教会の生神金光大神大祭の時でした。

数年前に大腸がんで腫瘍の摘出手術を
受けられてからも、
神様のおかげの中で
教会長としての御用に変わりなく
お当たりになっていましたが、
そのお話を伺った頃には
随分とお痩せになっていていました。

大祭のお直会も終わり、
そろそろ失礼させてもらおうと
玄関で帰り支度をしているわたしに
叔母は、こどもたちにと
お直会の折箱をことづけて下さりながら、
「いつもこれぐらいのことしか、
してあげられなくてごめんね」と言って下さいました。

わたしは、叔母や従兄弟夫婦には、
これまでお世話になり通しでしたので、
思いもよらぬその叔母の言葉に
なんと返してよいかと戸惑いました。

でも、後で思い返してみると、
叔母にしてみれば、
わたしはオギャーと産まれた時から知っている
唯一の姪であり、
そして、叔母がそうであったように
女性の身で教会長としての御用を担う
頼りないわたしのことを
いつも語らずとも心配して下さっていたのでした。
そういう叔母の心に改めて接して、
唯々もったいない気持ちになりました。


年が改まり、今年のお正月のことでした。
叔母からすれば主人の実家である
うちの教会へ
例年通り、ご家族でお参りになりました。

叔母は、改まったご様子で、お一人でお結界に来られ
「わたしの病気のことは、お聞き済みと存じますが、
まさかの折には、どうぞ○○○(←従兄弟)のことを
支えてやってください」とお届けなさいました。
わたしは、その叔母からのお頼みを受けさせて頂きました。
すると、叔母は一言
「これで、肩の荷がおりました。安心しました。」と
笑顔で仰いました。
改めて叔母の実意で丁寧なあられ様に感服したものでした。


一方で従兄弟は、
叔母の葬儀は自分が一人で御用させて頂くと
かたく心に決めておられたようで、
叔母にもそのようにお話してあったそうです。

ですから、わたしはお正月に
うちの教会のお結界で
叔母がお届けをなさったことを打ち明けさせて頂いた上で
お頼みを引き受けた以上は
なんでも御用に使って頂きたいのでとお伝えすると、
従兄弟も承知して下さり、
従兄弟とわたしの2人で叔母の葬儀を
仕えさせて頂くことになりました。

そして、喪主が祭主という、
異例の教会葬儀一切は、
滞りなく無事に仕えられました。

わたしも、御用に使って頂いて
叔母から受けた沢山のご恩の一端でも報いることが
出来れば有難いなあと思いました。


ご葬儀からの帰路で思いました。

お正月の時、
わざわざ、お一人でお結界に来られ
お頼みになったのも、叔母の「親心」なのだなあと。
わたしからすれば
従兄弟は10歳も歳上で、人生においても
道の教師としても先輩ですから、
従兄弟にお任せしておけば、
わたしなんぞがお手伝いしなくても
大丈夫だぐらいに思っていましたし、
実際そうなのだと思います。

でも、叔母からすれば何歳になっても息子であり、
どんなに立派でも心配が尽きない。
親が先に逝くのが道理だけれども、
生きている間に出来うる精一杯のことをしてやりたい。
そんな親心からのことであったのでは?

これはあくまでもわたしの
推察の域を出ませんが、
親とは、特に母親の心とは、
子が思うより、深く厚いものであるものであるなあと
思いました。





改めまして
C教会のこれからの立ち行き、
そして、叔母の御霊様の道立てを
衷心よりお祈り申し上げます。





本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
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見えない思い

09 17, 2012




「生かされるがままに」の記事で書いた
失踪事件?のその後のことを
今日は書いてみたいと思います。


あの後、わたしは、
電車で帰りました。
電車に乗ってから、
家に帰ることを
主人にメールしました。

主人はメールで謝ってくれました。

教会に帰ると、
主人もこどもたちも
何も言わず、
普段通りの素ぶりでした。


その翌日のこと。
昔教会にお参りなさっていた
ある方が自殺なさったことを
知りました。

残念で、悔しくて、ショックで、
わたしは、再び落ち込みました。

前日の疲れもあって気力も湧かず、、、
全く
泣きっ面に蜂
弱り目に祟り目です。

それから数日引き摺りました。
布団から起き上がれず、
家事も滞り、
再びお弁当とカップラーメンの日々に、
主人も業を煮やして
「一体どうしたんか?」
と聞いてきました。

わたしは、
自殺された方のことを話して
自分がお役に立ててないことを嘆きました。

「わたしは、死のうと思っても死ねなかった。でもあの人は、死んでしまった。それは、尋常ではない辛さだったはず。あの人が信心をやめてなかったら、死ななくて済んだかもしれないと思うと居た堪れない」そう言いました。


そんなわたしに主人は、
今まで黙っていた思いをぶつけてきました。
「赤の他人でもショッキングでこんなに悲しいことなのに、
お前が死んだら、こどもらはどうなるんか?
あの子らは、言うことは聞かんけど、他所の子と比べてみても、
スレちょらんやろ?

俺だって会社で毎日怒られてばっかりやけど、
この家族を食わさないけんと思うから何言われても働くんよ。」
そう言いました。
その声は少し震えていました。
泣いているのか、
怒っているのか
分からないけど、
震えるその声に
ハッとさせられました。


わたしは、
自分の心が苦しいことばかりに囚われ、
拘っていました。
そして
主人に対して
自分の思いばかり
ゴリ押ししていました。
言葉にださずとも、心の内でさえも。

主人は主人なりの形で
私や家族のことを愛してくれていたし、主人なりの辛抱をしてくれていた。
なのに
その主人の声なき思いを
どこまで推し量ろうとして
いただろうか?


わたしは、
目につく主人のごく表面だけを見て、
自分の独りよがりで一喜一憂していたに過ぎませんでした。

主人が抱えているものに
思いを馳せたことがありませんでした。





その日を境に
少しずつ体調が回復してきました。


そして、
つい数日前のことです。
急にこどもたちが
「あの日、お母さんは何処へ行ってたの?」
と聞いてきました。

あの日とは、
失踪事件のことです。
「ちょっと散歩にね(^^;;」
さすがに本当のことは言えず、
誤魔化したところ、

「あの時、パトカー来て、
お父さんとお祖母ちゃんがお母さんを探して、
わたしらは、車の中でお祖父ちゃんとおったけど、
お祖父ちゃんがすごい心配してて、
とうとうわたしらを置いてお母さん探しに行ってしまって、
大変だったんよ」
と、笑いながら言ってきました。
こどもなりに
今のわたしなら大丈夫かなと思って言ったんだろうと思います。

わたしの軽率な行動で
義両親にも、こどもたちにも
どんなに不安な気持ちに陥れていたかということを知りました。

家族のために辛抱する
わたしさえ、辛抱していれば
そう思ってきました。
でも結局それは、
単なるやせ我慢の独りよがりだった。

自分の心で自分を孤独に貶めていただけだった。

表には出て来ない
家族の辛抱や思いに
実は支えられている上での
わたしだった。

お礼か何処までも足りていない

そこにようやく気づけた
今のわたしです。

本日も読んで頂き、
ありがとうございました。

祈る資格

09 07, 2012




うつ病を患ってから
めっきりテレビを見なくなりました。
一方的に流れてくる情報が
処理出来ずに疲れてしまうように
なったからです。

以前はよく
ワイドショーや情報番組を
家事の傍ら、
見ていました。

外で仕事をしていない
以前のわたしにとって
世間の情報源のすべてが
テレビからのものでした。

こどもたちが産まれてからは、
新聞も読む暇がなくなり、
もったいないということと、
また、前倒しで押しかけてくる
新聞の勧誘にも辟易して、
新聞をとるのも辞めました。
そんなこともあり、
テレビを見なくなってからは、
もっぱらネットでニュースを
見ることが多くなりました。

一方的に流れてくるテレビと違って、
ネットでは、
一つのことに対して
様々な意見をもつ人の声を
知ることが出来、
疑問点や興味深い事柄について
調べることが出来ます。

少し前、
テレビ局の偏向報道が
問題視されるようになりました。

報道の自由は認められているものの、
意図的に真実をねじ曲げたり、
事実を隠したりするような
情報操作は、
してはいけないことです。
でも、その報道に振り回されて、
ブレる視聴者にも
問題があるような気がします。

これは、今に始まったことでは
ありません。

戦後産まれで
テレビっ子世代のわたしは、
テレビから流れてくる事柄は
「すべて正しい」と
思い込んでいる節がありました。
でもこれから先の時代は、
垂れ流しに流されてくる情報を
ただ鵜呑みにするのではなく、
一人一人が積極的に学び、
深く知ろうとし、
情報の取捨選択をし、
自分なりの考えをもつことが
より大切になってくると思います。

こういうことを考えるようになった
のには、
父が体験したシベリア抑留について
調べている過程で
色々思わされることが
あったからでもあります。

これまでのわたしは、
先の大戦は過去のものだと
思い、あまり積極的に知ろうと
しませんでした。
でも「無知」ほど罪なものは
ないなあと思います。

日頃、「世界真の平和」を
祈ることを大切にしてきた
つもりだけれど、
それが果たして本当に
自分自身の願いとなっていたか?
今思えば、
形ばかりだったと思うのです。

まずこれまでのことを
正確に知ること
それでようやく
わたしは、
「世界真の平和」を祈る
資格を得るのだと思います。



本日も読んで頂き、
ありがとうございました。
0 CommentsPosted in 平和

依存症

09 03, 2012





長い夏休みが終わり、
今日から新学期が始まりました。
また次男との昼間2人生活の再開です。

ブログの更新も途絶えたままになり、
ご心配下さる方の声をきかせて頂いて
申し訳ないやら、ありがたいやら

しかし、なんとなく
更新する気持ちになれずに
いました。

鬱病のお薬をいきなりやめてしまったので、
その反動が出たのでしょうか、
体調がとても不安定な日々を
過ごしていました。

常識的に考えると
お医者さんと相談して、
減薬すべきだったと思います。

主人にも通院した方がいいと
言われました。

でもどうしても
薬に頼る生活に戻りたくないという
気持ちが勝りました。
ですので、今は通院を
やめています。

依存ということを
申しますが、
わたしは薬に「依存」していたと
思います。

もちろん「うつ病」という病気なので
薬のお世話になることは、
大切なことであると思います。
そういうことが必要な時期も
あると思います。

でも最近のわたしは、
薬に全幅の信頼をよせていました。
お薬がなんとかしてくれる
そのような気持ちに支配されていましたし、
薬さえあれば大丈夫という
感じになっていました。

もちろん、
御祈念しながら頂いてました。
でも、気がつけば形ばかりに
なっていたのです。

薬を飲んでも
ダメな日があると
絶望的な気持ちになりました。




これまでの自分を振り返ってみると
わたしは、いろんなものに依存して
生きていました。

親であったり、
音楽であったり、
お金であったり、
お酒であったり、
煙草であったり、
友人であったり、
恋人であったり、
主人やこどもたちであったり。

その時その時で
常に何かに「依存」していました。


でもことごとく
神様に出会わされては
手を切らされてきたように
思います。

そして今度は薬です。
神様は手を変え、品を変え、
わたしを助けよう助けようと
働いて下さっている。
そのように感じます。

では、神様に「依存」すれば
よいのか、
それも違うように思います。

その先はまだ分かりません。
多分、今そのようなことを
教えて頂いているのだと思います。

しばらく
少しですが、
Facebookなど、ネットも
以前より控えています。

ネットにも「依存」しないように
しなければなりません。
ひとつひとつ確実に生活を
改めていく必要があります。


少しずつではありますが、
安定してきている気がします。

心と行動を改める努力を抜きにして
本当の助かりへの道は
開かれないものであると
切に実感するこの頃です。


本日も読んで頂き、
ありがとうございます。
ご訪問ありがとうございます
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プロフィール

fonwaka2

Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
読んでくださっている方々も
これから
読んでくださろうとしておられる方も
信仰をお持ちの方も
そうでない方も
ここで出会ったのも
何かの御縁
末永く
よろしく御願いします^^  


忌憚なくご意見やご感想をお聞かせ
下されば幸いに存じます


旧ブログ築七〇年教会の住人
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