神様と二人三脚 

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伝えること 伝わること③

03 25, 2011
先日の研修会の講話の続きです。(お待たせしてすみません)次に、講師の山本先生ご自身が
信心に目覚められ、教師を志すまでをお話くださり、

さらに
四代金光様のお取次ぎを頂かれたときのことなどに触れながら
信心の稽古ということについてお話くださいました。

山本先生が教師になって何年か経ったある日、
講師のお父様である教会長先生の代わりに
四代金光様にお届けをさせていただくということがあったそうですが、
先生はその時うっかり、肝心の御献備を忘れてしまわれたそうです。
 
すぐに教会へ電話をし、立て替えてお届けさせていただくと
四代金光様が
「これは?」とお尋ねになられ、
事の次第を申し上げると、
四代金光様は、
「忘れたという事に気づかせてもらった、そのことにお礼を申しましたか?」
と仰られ、返答に困っていると
「あんたは、ここまで来る間のところで気づかせてもらったから、(ここに)来させて頂けた。
気づかなかったら、ここへきても何の用も果たせなかった。
気づかせてもらったということにお礼を申しましたか?」と教えてくださったそうです。

そうやって教えて頂いたことに対して、自分の中で、
素直に受ける心と、いや、そうはおっしゃられるけど・・・という心がある。

ある時、御本部の岡成先生に
「毎日ありがたい気持ちになりたいと思っていても、なれないことが多いし、
不足を言っては、また後戻ったりしますよね。」と言う山本先生に
岡成先生は
「四代金光様の御歌に
くりかへす 稽古のなかにおのづから 生れ来るなり新しきもの
というのがあります。
金光様ご自身も繰り返し稽古される中で、段々と変わってこられるところがあったのでは?
と思いながら頂くと、元気がでませんか?」
とおっしゃって下さったそうです。

四代金光様は、
28歳の時からお亡くなりになられた81歳9ヶ月の間に、
44,763首もの歌をお詠みになっておられます。
そのなかで、先述の「忘れたことに気づけた御礼を ・・・」ということについての御歌があります。

「ものわすれ よくするわれとなりにけり
         今日も忘れしこと 思ひいづ」(「土」第三集)

「伝へんと 思ひゐしこと忘れては
        思ひ出せぬと妻に言ひにけり」(「土」第五集)

「こんなこと忘れゐしかと ものわすれ
        よくするわれのつぶやきにけり」(「土」第七集)

「気づかねばぼや大火事となる道理
        気づきしことはありがたきかな」(「土」第十二集)

「些細なることなりといへ 気づきしこと
         先づ感謝をと思ひつぶやく」(「土」第十三集)


年齢を重ねて変遷していく四代金光様の御歌を読ませて頂くと
金光教で 「信心の稽古が大切」と言われる中身はこういうことであるなあと感じさせて頂きました。

その四代金光様がご帰幽になられる数日前に、病床で

「出来ないと悲しむよりも出来ること
         よろこぶべきとまたしても思う」(「土」第十九集)

という歌を詠まれたそうです。

この歌について、金光様の友人の歌人の方が
「これは金光さんの生涯を貫いた内容だった」とおっしゃったそうです。

昨日はありがたい心になれていても
今日そうなれるとは分からない
いやなことがあるとなかなかありがたい心になれなくなり
すぐ悪いほうに考えてしまうわたしであるけれど、

神様に一心に縋らせて頂きながら
そこを稽古させて頂く中に
神様がよりよき道をつけて下さることに気づかせて
いただくことが出来るのではないかと思います、ということでした。

(まだまだ続きます)













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真珠

03 21, 2011
 
今日は、長女の卒園式でした。

3年間通い続けた幼稚園とのお別れの日でした。 
ちなみに本人より母が号泣の卒園式となりました(T . T)

 大好きな友達や大好きな先生、
そして大好きな園庭とのお別れを
実感したのか、 
お別れの歌を歌ってたら少し泣きそうになったと言う長女。
 一段とお姉さんになったなあとまた母感涙感涙( i _ i ) 


そんな涙涙の卒園式で
園長先生が真珠のお話をして下さいました。
 「(真珠)貝の中に異物が入ると、貝は痛い。 
でも貝はそれを吐き出すことも出来ない。
だからじっと痛みに耐える。
 そうして身体に取り込んで辛抱に辛抱を重ねていくうちに、
 単なる異物でしかなかったものが
大きく丸く綺麗な真珠となって輝くのです。
 皆さんの行く先には楽しいことばかりではない、
 時には辛い悲しいこともきっとあるはずですが、
 貝のようにじっと辛抱して痛みに耐えて行けば、
必ずそれは皆さんの輝く元となるでしょう。」


 園からの記念品として頂いたアルバムには 
わたしの知らない普段の園での長女の姿が沢山綴られていました。
 長女のいのちの輝きが生き生きと映し出されていました。

 改めて神様のお守りと園の皆さんの支えがあってのことだなあと
 ここまで成長させて頂けた喜びをかみしめています。


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東北関東大震災

03 14, 2011
このたびの大地震で 被災された皆様に
まずは心よりお見舞い申し上げます。わたしには、祈ることしか出来ません。
他に出来ることを考えてみても、
適切なことは、それしかないです。

この度の大災害に遭い、
残念ながらお亡くなりになった方々の御霊様の助かり。
今もなお救助を待っている方が
一時も早く救助を受けられますように。
現地で避難生活を余儀なくされている方々の手元に一刻も早く、水や食糧が届き、
ライフラインが確保されますように。
現地で救助に当たられている自衛隊や消防や警察の方の任務が
無事に遂行されますように。
現地で救護に当たられている医療関係の方々やボランティアの方々の
お働きが生かされますように。
思いつく事を思いつくままに神様にお縋りし、
お願いさせてもらうしかありません。
何も出来ないから知らないではなく、
被災者の心に寄り添いながら
生活させてもらうことが大切だと思います。
被災者ではない者の関心は
日を追うごとに薄れ、忘れてしまいますが、
被災者の方々の不安や、絶望感は
日に日に増大していくものです。
だからせめて心は寄り添っていきたいのです。わたしが今の時点で確実に的確にお役に立てることは
それだけです。
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本当の助かり

03 09, 2011
数日前の出来事です。悩み事を聞いて欲しいという電話がありました。
 いつでもお参り下さいと申しましたら、 
今から行きますということでしたので、待っていると、
 小一時間くらいして、その方はお参りになりました。
 四十代の男性でした。 

お話を聞いてみると、 
幼い時に父親と死に別れ、
1
6歳の時、母親は弟と一緒に家を出て行ったそうです。

 それからは、天涯孤独で、
 暴力団に借金する羽目になったり、
 ちょっとしたトラブルから刑務所に三年入ったり・・。 
それでも自分なりに頑張ったけど、人のことを信用出来なくなった。 
最近は、食物も喉を通らず、働きたいのに働く気力がなくなり、 
仕事も辞める事になり、死に場所を探していたということでした。

願い事は何か?ということを
聞かせて頂きましたら
「贅沢をしたいわけではない、ただただ人間らしい、人並みの生活がしたい」
とのことでしたので
そのことを神様にお取次ぎさせていただきました。


わたしなりの言葉で神様のお話を精一杯させて頂きました。
そして「人を当てにせず、神様に頼り、縋らせていただきましょう」
とお話をさせていただきました。

でもその方の心は
かたくななようでした。

「わが心でわが身を救い助けよ」

このことだなあと思います。

神様は
どんな難儀の中でも
助けよう助けようと働いて下さっている

でも
神様の心と
人間の心はすれ違うばかりです。

ともあれ
この方に
神様を渡せなかったのは
わたしが不徳からです。

日頃の心行をしっかりしておかなければ
いざというときに間に合わないなあと思いました。

その後のことは敢てここに書きませんが
今でもその方の立ち行きを
諦めずにお願いしています。

その方が本当の助かりへの道の軌道にのるおかげをいただかれますように・・・。





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伝えること 伝わること②

03 04, 2011
先日の講話の続きです。一旦信心をやめてしまった徳次郎さんでしたが、
その後、しばらくして
再び志摩さんが病気になってしまわれました。

その頃、程近い入田というところに出社広前が出来、
高徳な先生(瀬戸師)がおられて、そちらにお参りしても
生神様同様、おかげを頂けるということで、
今度はそちらにお参りして、
またまた志摩さんは病気全快のおかげを頂いたそうです。

そしてそのことをきっかけに、
こんどは息子の定次郎さんが入田のお広前に参拝するようになりました。

さらに定次郎さんは
幼い頃に、見聞きした一連の奇跡的な出来事
(病気で立てないお母さんがいきなり立てるようになったり、
見てもいない家の間取りや行いを言い当てられたり等)を覚えておられ、

生神様はどうしてそんなことが出来られるんだろう?
そういうことが出来られる 生神様とはどんなお方だろう?と思うようになり、
教祖様に一度お目にかかりたいということで
明治2年の2月9日初参拝されました。

そのとき、まだ定次郎さんが何も言わないうちに教祖様は
「人間はどうして生まれどうして生きているかを知らねばなりませんなあ」
と仰ったそうです。

そして
「人間と神様との間柄を氏子に伝えよと神様が仰っているから、わたしは話をさせて頂く」
とも仰り、そこから事細かにみ教えくださったそうです。


徳次郎さんは、おかげを頂きたいという信心でしたが、
定次郎さんは、本当の意味で助かりたいという信心でしたので、
教祖様が教えて下さることをどんどんと吸収していき、
もともと地元の真言宗の門徒総代で一番活躍をするぐらいだった山本家が
後に金光教に改式するまでになられ、
代を経て、信心が伝わり、現在に至ったということでした。

(次回へつづく)




実際に、山本定次郎師がお遺しになっている教祖様のみ教えは
長文が多く、よくぞここまで数多くのみ教えを覚えておられたなあと思います。
山本先生のお話によると、
定次郎師は、記憶力がとてもいい方だったそうですが、
それにしても、やっぱり「分かりたい」「助かりたい」という道を求める気持ちがあって
聞く気で聞くからでしょうし、
教祖様もそれを分かっていらっしゃればこそ
こと細やかにみ教えなさっておられるのかもしれません。

改めて教典で山本定次郎師の伝えたみ教えを後日拝読させていただいておりましたら、
こんなみ教えがありました。

「信心参りは結構である。
お前(定次郎師のこと)のような人もあり、
また、金神の障りがあるというて断りに参る人もある。
金神の祟り、障りというて恐れるだけではどんもならん。
せっかく参ったほどなら、此の方(教祖様)の話すことを聞いて
おかげを受けるのはどういうわけであるということを知らねば、信心するようにもなれまい。」

伝わっていくという中に
教えていただく側の姿勢も大切だなあと思いますし、
私自身これまでどれだけ「聞く」ということを
真剣にやってきたかを振り返って反省させられた次第です。

同じ信心させて頂いても
神様に教え甲斐のある氏子と喜んでいただける者でありたいものだなあと思います。












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Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
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これから
読んでくださろうとしておられる方も
信仰をお持ちの方も
そうでない方も
ここで出会ったのも
何かの御縁
末永く
よろしく御願いします^^  


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