平和 | 神様と二人三脚 

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親神様からしてみれば。。。

11 19, 2015




昨夜のこと
長女と長男が珍しく喧嘩をしました

いつもは上二人はとても仲が良いです
それは末っ子の次男がいるからです
上二人は小学生なので
幼稚園の弟は甘やかされていると感じるらしく
次男はズルいズルいと責め立てられる
とまあ
これがいつもの構図です

ところが昨日は
早々と寝てしまった次男の横で
上二人は口喧嘩を始めました

何が原因か分かりませんが
30分くらいは
あーだこーだと言ってました

明日になれば
忘れて仲直りするだろうと
思っていましたが
今朝もなんだか細かいことに
燻り続けながら別々に登校していきました(^^;

こういう時、わたしはあまり介入せず
放っておくことが多いです
もちろん早く仲直りして欲しいと思います
でも対外わたしが口を挟むと
ややこしい話に展開するので
様子を見てるしかないのです

喧嘩の様子を見てると
親としてはなんとも切ないものです
喧嘩が激しいほどに
心が引き裂かれるように痛い

喧嘩の最中、
どちらかがわたしのところへやって来て
自分の正当性を訴えて来るときがあります
するともう片方も負けじとやって来て
自分の主張をします。

どちらの話も
それぞれの立場からすれば
ごもっともな主張です

そして最近はこどもたちも
成長して頭も良くなり
その正当性に自分なりの
理屈をつけて相手を責めるように
なりました
責めれば責めるほど
意地の張り合いに展開していきます

こうなると
最初のきっかけは薄れていき
自分の主張がいかに正しいか
理屈の上にさらに理屈を重ねて
いきます。
時にはわたしが昔
こどもたちに教えるために言った言葉を
持ち出して
自分の正当性のために
相手を責めるために
使います

いやいや、
そういうことで言ったんじゃないしね(^^;



そう思いを巡らしつつ
親としては
ただただ祈るのみです
早く仲直りしてくださいと。。
そういうときは
神様に祈るというよりも
こどもたちの心に向かって祈ってる気がします


戦後70年の節目の年もあと1ヶ月と少しとなった先日
パリで同時多発テロが起こりました


わたしたち人間の親である神様は
この顛末を
どのような心持ちで見守っておられるでしょう?

どちらが勝っても負けても
親神様は悲しんでおられるに違いありません

さて昨夜
勃発した我が家の兄弟喧嘩は
夕方には仲直り出来たようです

でもきっとまた喧嘩するでしょうね(^^;

本人たちが喧嘩するたび
「お互い」に気づき
「お互い」に内省し
「お互い」に改まる
というふうに成長してくれたらと願います

でもなかなかね。。。
親には「待つ」という辛抱しかないのでしょうか

テロにしても戦争にしても。。。

自分たちが正義で悪しき相手を退治する
たとえそれで決着がつき
勝ち組が負け組を支配しても

それは真の平和ではないのです
親神様からしてみれば。。。。

人もわが身もみな人


太古の昔から繰り返されてきた
国、民族、宗教の争いごと
親神様の辛抱ははかり知れません


本日も読んで頂き
有難うございました
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赤い屍体が訴えるもの

10 24, 2015


長男が先週末に喘息の発作を起こして
入院しました
それでわたしも付き添いで
一緒に入院中です(>_<)

しかしおかげさまで
沢山の方々のお祈り添えを頂き
治療の甲斐あって
長男は快方に向かっています

付き添いも暇ではないのですが
手が空いたときに
本を読んでいます

今読んでいるのは
立花隆さんの
「シベリア鎮魂歌」という本です。
この本では
画家の香月泰男のゴーストライターとして
立花氏が執筆したという
「私のシベリヤ」(現在は絶版)
が収録されてあります


わたしは当初この「私のシベリヤ」が
読みたくてこの古本を取り寄せました。
しかしなかなか読む時間が取れず、
一年以上ねかせていました(^^;

さてわたしが
香月泰男さんという画家と
香月泰男さんが描かれた
「シベリア・シリーズ」に興味を持ったのは
香月泰男さんの絵が掲載されている
とある画集を父が生前購入していたからです。

その画集というのは
「きらめく北斗星の下で ーシベリア抑留画集ー」
というものです

わたしは
その画集が父の手元に初めて届いた日のことを今でもよく覚えています

その画集の発行が
1989年となっていますので
わたしが高校生の頃のことです

父が届いたばかりの画集を手に取って
無言で一枚一枚ページを丁寧にめくる背中を眺めながら

「お父さんは何を真剣に見入っているのだろう?」とわたしは思いました
そんなわたしの気配を察してか
父は後ろを振り向き
「見てみるか?」
と画集をわたしに見せてくれました

父から画集を渡されたわたしの目に
表装を占めている
香月泰男さんの絵が強烈な印象で
飛び込んできました。

気持ち的に「引いてる」わたしの心を見透かしたのか
父は苦笑いしながらすぐにわたしから画集を受け取ると
またこちらに背中を向けて
まるで大事なものを抱え込んで独り占めするかのごとく
再び画集に見入ってました。

その時の父の背中が今でもわたしの心から消えることはありません

父にとってシベリア抑留とは何だったのか?
父にとって戦争とは?

父が亡くなってから
あの日の父の背中を思い出すたび
そのことを知りたくなるのです

あの時の苦笑いする父の気持ち
「言っても分からんだろうなあ」という
父の諦めの心を今更ながら感じるのです

その
「分からんだろうなあ」
という内容を知りたいと日々求めているところです

シベリア抑留者である画家香月泰男さんが生前語ったものを
立花隆さんが文字として起こした
「私のシベリヤ」

その中で
シベリア・シリーズの
「1945」
という絵について語られています。

この絵には屍体が描かれています

それはじつは香月泰男さんが
終戦直後の満州で見かけた赤い屍体と
帰国して写真で見た広島の原爆で黒こげになった黒い屍体が
重ね合わさってくるなかで描かれたそうです

香月泰男さんは
「黒い屍体」によって日本は戦争の被害者意識を持つことが出来、それは語りつがれ尽くされてきたといいます

では満州で見かけた「赤い屍体」はどうなっているだろうか?

この赤い屍体は何かというと
それは満人(中国人)に「日本人即親の仇、兄弟の仇」と恨みを買い、衣服を剥ぎ取られ、皮膚を剥ぎ取られして私刑を受けた日本人なのだそうです。
つまり加害者の死の姿なのだと。


シベリア抑留の憂き目にあった人にしか
この赤い屍体の心は
分からないのではないでしょうか?

父がわたしに言った
「分からんだろうなあ」には
世代の差もさることながら
同じ日本人でも分かり得ない
通じないという体験をした父の
気持ちの一端からこぼれでたものが
混もっていたのだろうと思うのです

本日も読んで頂き
有難うございました


父が遺してくれた画集のHPがあります
よかったらご覧下さい
香月泰男さん以外の画家の皆さんの作品も沢山掲載されています

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

きらめく北斗星の下でーシベリア抑留画集






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泰けき世を

07 23, 2015



忙しさにかまけて
またまた更新が疎かになっておりますf(^_^;

今月は夏季信行期間ということで
願いを立てて取り組ませて頂いている
最中です
心身ともにおかげを頂いてのことで
有り難いことです(o^-^o)

さて先日のことですが
第70回金光教広島平和集会に
家族で参加させて頂きました

広島平和集会にはこれまで数回しか
参加させて頂いたことがありません

今年は原爆投下から70年という節目の年で
是非参加のおかげを頂きたい、
出来れば家族と共に。。という願いを持たせて頂いて取り組ませて頂きましたが、
願い通りのおかげを蒙らせて頂きました。

ちなみに
このブログでも
平和についての記事を更新したいと思っていたのですが、全く進まず(^-^;で、
ただただ申し訳ないことです。。。

さて
広島平和集会で心に残ったのは
慰霊祭の祭詞と吉備舞です。

過ちは二度と繰り返しません
そんな誓いのこもった祭詞でした。
ご祭主の先生の実体験から練り出されたと思われる切なる願いが胸に迫りました。


吉備舞は2曲奉納されました

1曲目は「四季之気色~春~」

お子さん達の舞姿を見ながら
「平和の尊さ」を思いました。
こどもたちがこどもらしく
遊び学び出来るということは
戦争を知らないわたしたちには
ごく当たり前のことなのですが
戦禍の犠牲となったこどもたちには
夢のまた夢であったのです

もちろん今現在も中東を始めとする
紛争地域では
沢山のこどもたちが
遊ぶことも学ぶこともままならず犠牲となっているのですが。。。



2曲目は「平和の祈り」

わたしは初めて拝見させて頂きましたが
パンフレットにも載っていた
歌詞に感銘を受けました。
男性の迫力ある歌声と男舞で
いつもの吉備舞とはまた一味違いました


戦争の悲惨さと平和への誓いを
見事に表現されてある
とても説得力のある舞でした。

この記事を書いている最中に
こちら↓のブログを読ませて頂き

a1のまったり楽らいふ「平和の祈り」

この吉備舞の動画があることを知りました

動画を作成された先生から
ご許可を頂いたので貼らせて
頂きます(^-^)ぜひご覧ください↓



特に最後の

「泰(やす)けき世をぞ 築(つ)き行かむ」

というところは
現在の我々に託されていることだと
改めて考えさせられました。

今の平和な時代にただ甘んじて生きるのでは
足らないなあ
今の平和な日本は
数多の人の戦争の犠牲の上にこそ築かれていることを
真からわからなければと思います。
そしてそれを伝えていくことを
怠ってはならないと思いました。

犠牲となられた御霊様の心が分からせて頂き
それをまだ見ぬ子孫に確かに伝えていくこと

今のわたしたちには大切な役目があるのです

さて
一緒に行かせてもらった主人やこどもたちは何かを感じてくれたかしら。。

一見???な感じのようでした

拝んだり歌ったり踊ったりに
何の意味があるのか?
と思ったかもしれません

打っても響かないとは
まさにこのことでしょうか

主人やこどもたちだけを責めている
わけではありません

わたしも実は
打っても響かない人でしたからね

父が生きている間に
シベリアに抑留された父の体験に
耳を傾けることもなかったし
知りたいとも思っていなかったわたしです

まず「知る」ことは大切ですが
「知っている」だけでは本当のことは
伝わってはいかないなあと思います

今の日本は教育は行き届き
平和学習もされています
来年は長女が修学旅行で広島に再び行く予定です

昔戦争があって大変だったことは
大概の人は「知っている」

広島と長崎に原子爆弾を落とされて沢山の人が亡くなり、戦後も後遺症で多くの人々が苦しんできたことは
皆「知っている」

「知っている」人は多いでしょう

しかし、
それが一体どういうことなのか
自分自身の身から
真にわかることが出来ている人は
少ないのではないかなあと思います


かつて
わたしがそうであったように
主人やこどもたちの心に
今は響かなくても
いつか何かをきっかけにして
この平和集会に参加させて頂いたことを
思い出し
「知っている」に留まらず
平和の有り難さに気づき
自分の手元から平和な世を築くことに
努める人になってもらいたい
そう改めて願いを込めさせて頂きました

まずは自分の手元からです
肝に命じます


本日も読んで頂き
有り難うございました

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シベリア抑留って何?

01 08, 2015


このブログでは
わたしの生活や信仰の話を
中心にアップしておりますが
平和についてのカテゴリーをもうけて
記事をいくつか書いております
しかし
もうかれこれ一年半近く
更新していませんでした(^。^;)


今年は終戦から70年という
節目の年ですので
平和について
わたしなりに求め
このカテゴリーもなるべく多く
更新出来たらいいなあと
願っています


太平洋戦争と言えば
広島・長崎の原爆投下
東京大空襲をはじめ各地の空襲
沖縄戦
硫黄島の戦い
特攻隊
満州からの引き揚げの悲劇
中国残留日本人孤児などが
よく知られていると思います


わたしは
父がシベリア抑留経験者であることから
まずはこのシベリア抑留を知る
ということを中心に
戦争と平和を考えています




改めてシベリア抑留とは
何かということを
簡単に紹介します  


太平洋戦争末期の
昭和20年8月9日
旧ソ連(今のロシア)は
日ソ中立条約を一方的に破棄して

日本に対して宣戦布告し
満州国(現在の中国、当時日本の占領下)や北朝鮮、千島列島、樺太に侵攻しました

そして同月15日、ポツダム宣言を受け入れた日本は敗戦

日本の軍隊は武装解除され
海外に居留していた日本人の各地からの引き揚げが開始されるのですが
旧ソ連軍占領下(旧満州や北朝鮮、樺太や千島など)の
関東軍と民間人約60万人は
シベリアを中心とした旧ソ連占領下の
収容所(約2000箇所)に抑留され
冬は-30~40度にもなる酷寒の地で
強制労働させられました

主な労働は
炭坑の石炭掘り、木材伐採、線路工事、建築などなどです


それぞれに労働にはノルマを課せられ
まともな食事も与えられないばかりか
「働かざる者食うべからず」で
ノルマを達成出来なかったら
さらに食事を減らされるなどし
抑留者たちは飢えと寒さと
絶望の中で奴隷のごとく
ひどい扱いを受け続けました

さらに抑留者に対して
旧ソ連は
民主化運動を進めました
(共産主義への思想改造)

抑留期間は短い人で1年
長い人は十数年に及びました

ちなみに父は約3年の抑留生活を
余儀なくされました

この抑留期間に命を落とし
帰還出来なかった人は約5万5千人
と言われています

しかしその大半は未だに凍土の下に
眠っています

70年前に終わったと言われる戦争ですが
実はまだ「終わっていない」のです





本日も読んで頂き
有り難うございました
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平和って?

07 01, 2013



去る6月23日は
沖縄慰霊の日でした。
追悼式が行われ
安倍首相や防衛大臣、外務大臣が
参列されたことが
ニュースで報じられていましたが、
肝心なことをわたしたちは
ここでしっかり知らなければならないと
思います。

沖縄戦のお話を伺ってみると
内地での空襲や、
広島、長崎での原爆投下とは
また違った苦しみがあったのだなあと
いうことを思います。


沖縄戦は、
内地が経験したことのない
地上戦でした。

空襲に加えて
海からの砲撃戦で
逃げる隙間なく降り注ぐ爆弾や
上陸進軍してくる敵兵から
身を護るために、
住民や日本軍は
ガマという洞穴の中に逃げ、
身を潜めます。

しかし
だんだんと敵軍に追い詰められると、
敵軍の捕虜になって
屈辱的で残虐な仕打ちにあうという
噂に
そんな目に遭うくらいなら
自らで生命を断とう
という暗黙の了解のもとに
配られていた手榴弾で
沖縄の人々は
次々に集団自決をしてしまいます。
手榴弾が湿って不発し
死に切れなかった時には
家族同志で殺し合いを
したそうです。


また、
投降しようとする人や
沖縄の方言を使っている人は
スパイ容疑をかけられ、
本来守ってくれるはずの日本兵によって
見せしめのために殺されたり、
泣き声で敵軍に居場所がバレるという理由で
何の罪もない乳飲み子が殺される
という悲劇も沢山生まれたそうです。

洞穴の中で行われていたのは、
味方同志、身内同志の殺し合い。


運よく生き残った人々のなかには、
喜びよりも
生き残ってしまった罪悪感に
苛まれ続けた人は少なくなかったはずでしょう

戦争はそうやって
人々の心を後々まで蝕んでゆくのです。

戦争のない平和な時代に生まれたわたしは、
青い空や穏やかな海から
爆弾が飛んでくるということなど
考えたこともありません。

人を殺すなんて
悪い心を持ったひとがする事だと
思っています。

それは至極真っ当なことです。

当たり前なことですが、
戦争は
それをも狂わせます。

真っ当な人間が人を殺さなければ
ならないようなことになります。

父が体験したシベリア抑留でも
酷寒と飢えと強制労働の日々によって
如何に他人を蹴落として
自分達が生き残るかということが
抑留者の心を支配しました。
もちろん好き好んでしたことでは
ありません。
生き残るということが
つまりはそういうことなのです。

生き残って帰ってきた者は
少なからず
そういう過去をひきづり
あるいは
心の奥底にしまい込んで
残りの人生を生きることになるのです。



このたびの沖縄の慰霊の日追悼式で
朗読されていた
沖縄の小学生の詩を紹介させていただきます



    ◇

「へいわってすてきだね」



へいわってなにかな。

ぼくは、かんがえたよ。

おともだちとなかよし。

かぞくが、げんき。

えがおであそぶ。

ねこがわらう。

おなかがいっぱい。

やぎがのんびりあるいてる。

けんかしてもすぐなかなおり。

ちょうめいそうがたくさんはえ、

よなぐにうまが、ヒヒーンとなく。

みなとには、フェリーがとまっていて、

うみには、かめやかじきがおよいでる。

やさしいこころがにじになる。

へいわっていいね。へいわってうれしいね。

みんなのこころから、

へいわがうまれるんだね。

せんそうは、おそろしい。

「ドドーン、ドカーン」

ばくだんがおちてくるこわいおと。

おなかがすいて、くるしむこども。

かぞくがしんでしまってなくひとたち。

ああ、ぼくは、へいわなときにうまれてよかったよ。

このへいわが、ずっとつづいてほしい。

みんなのえがおが、ずっとつづいてほしい。

へいわなかぞく、

へいわながっこう、

へいわなよなぐにじま、

へいわなおきなわ、

へいわなせかい、

へいわってすてきだね。

これからも、ずっとへいわがつづくように

ぼくも、ぼくのできることからがんばるよ。








本日も読んでいただき、
ありがとうございました。

追伸
下のサイトの記事を
参考にさせていただきました。

4人に一人が死んだ沖縄戦
集団自決 戦後64年目の告白
47NEWS 平和の詩
1 CommentsPosted in 平和
ご訪問ありがとうございます
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プロフィール

fonwaka2

Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
読んでくださっている方々も
これから
読んでくださろうとしておられる方も
信仰をお持ちの方も
そうでない方も
ここで出会ったのも
何かの御縁
末永く
よろしく御願いします^^  


忌憚なくご意見やご感想をお聞かせ
下されば幸いに存じます


旧ブログ築七〇年教会の住人
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