神様と二人三脚 

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これまで本当にありがとうございました!

05 22, 2016
大変ご無沙汰しています。
約半年ぶりの更新となりました

この間、御訪問下さってた皆様ありがとうございます

更新する気になかなかなれずにいた上に
これまでは
FCblogのアプリで更新していたのですが、
更新がいつの間にか出来なくなっていてを移転しようかどうしようかと
悩んでいましたが

この神様と二人三脚のblogはこれを持って
更新を終了させて頂き
新たなblogを始めることにしました

とはいえ、このblogは
わたしの宝物のようなものですので
このまましばらく気が変わるまで? (笑)
閉鎖せず公開しておこうと思います


新しいblogは
「おやごころ かみごころ」
http://fonwaka.hatenablog.com/

です!

これまでとそんなに変わらないとは思いますが
もっともっと素直な気持ちで
書けたらと思います

いや、これまでも素直に書いてましたが
自分の中で
何だか行き詰まってしまって(^0^;)

(あ、でもおかげ様で体調は元気ですよ!)


心機一転でこれからも続けてまいります
もし
よかったら
これからもどうぞよろしくお願いします



本日も読んで頂きありがとうございました(^ ^)
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幸いとは

12 05, 2015



数年前の朝の連続テレビ小説で「ちりとてちん」というドラマを観てから
わたしは
にわか上方落語ファンになり
時々YouTubeなどで落語を楽しんでいました

なかでも今年お亡くなりになられた
人間国宝の桂米朝さんの落語は
とても聴きやすく好んで楽しんでおりました

最近は
その米朝さんのお弟子さんで
今は故人となっている
桂枝雀さんの落語にはまり
聴き漁ってたところ
「山のあなた」という落語に偶然出会いました

この落語は枝雀さんの創作落語なのですが
一風変わった落語でした


あらすじを簡単に言うと。。。

都会の喧騒から少し離れて山登りをした男が立ち寄った峠の茶屋で
その店を営む老婆に出会います

山の非日常的にな風景に癒されつつ男が
「山のあなたの空遠く 幸い住むと人の言う」というが
こういったところに「幸い」があるんだろうなと言うと
老婆は「幸い」をわたしはつかまえたことがあるという
そんな話から男は
しばし老婆の身の上話に耳を傾ける

老婆はとても不幸な生い立ちで
なかなか報われない人生を儚んで
自殺しようとこの山の池に入水しようとしたときに
ある老人に呼び止められる
そして
「幸い」をつかませてやるというその老人に
言われるままついていくと
確かにそこに「幸い」がいたという

老婆はその「幸い」を必死になってつかまえようとするが
なかなか捕つかまえられない

すると老人が
「幸いは無理につかまえようとしても消えてしまう。抱っかまえるような抱っかまえんようなところで抱っかまえるんだよ」とコツを教えてくれた

そしてその後に
とうとう「幸い」をつかまえることが出来たという老婆

それで
男が捕まえた時にどんな気持ちだったかを尋ねると。。。。?




という
とても大雑把に説明するとこういうあらすじです

正直言うと
この落語、わたしは泣きました
普通は笑うんでしょうけど(笑)
この落語には泣かされました

特にこの老婆が幸いをつかまえたときの
気持ち

実はわたしにも覚えがありました

このブログにも書いたことがありますが
以前うつ病の最中に
自殺しようとして踏みとどまった時の心境が
そのまま語られているようでした

それはこんな内容でした

 「空にはお天道さまおられますですね。それで山も生きとられます。樹も生きとられます。鳥たちも生きとられます。虫たちも生きとられます。私も生きとるのですっちゅうことですね。それで、ありがたいことじゃなあというようなことですかね。」


わたしもあのとき不幸のどん底にいたと思っていたけど
実は
「幸い」をつかませてもらったのかもしれない
改めてそう思いました



さて
桂枝雀さんは59歳で自殺されました
重度のうつ病を患っていたそうです

高座にあがるのがが恐くて
必死にねたくり(落語の稽古)をしていたという
枝雀さん

この「山のあなた」という創作落語
枝雀さんの苦悩の末に生まれたものかも
しれません

もし生きておられたら師匠を超える名落語家に
なられたに違いないと思います



もし良かったら皆さんも
「山のあなた」楽しんでみて下さい
サゲも素敵なんですよ(^^)



本日も読んで頂き
有難うございました




親神様からしてみれば。。。

11 19, 2015




昨夜のこと
長女と長男が珍しく喧嘩をしました

いつもは上二人はとても仲が良いです
それは末っ子の次男がいるからです
上二人は小学生なので
幼稚園の弟は甘やかされていると感じるらしく
次男はズルいズルいと責め立てられる
とまあ
これがいつもの構図です

ところが昨日は
早々と寝てしまった次男の横で
上二人は口喧嘩を始めました

何が原因か分かりませんが
30分くらいは
あーだこーだと言ってました

明日になれば
忘れて仲直りするだろうと
思っていましたが
今朝もなんだか細かいことに
燻り続けながら別々に登校していきました(^^;

こういう時、わたしはあまり介入せず
放っておくことが多いです
もちろん早く仲直りして欲しいと思います
でも対外わたしが口を挟むと
ややこしい話に展開するので
様子を見てるしかないのです

喧嘩の様子を見てると
親としてはなんとも切ないものです
喧嘩が激しいほどに
心が引き裂かれるように痛い

喧嘩の最中、
どちらかがわたしのところへやって来て
自分の正当性を訴えて来るときがあります
するともう片方も負けじとやって来て
自分の主張をします。

どちらの話も
それぞれの立場からすれば
ごもっともな主張です

そして最近はこどもたちも
成長して頭も良くなり
その正当性に自分なりの
理屈をつけて相手を責めるように
なりました
責めれば責めるほど
意地の張り合いに展開していきます

こうなると
最初のきっかけは薄れていき
自分の主張がいかに正しいか
理屈の上にさらに理屈を重ねて
いきます。
時にはわたしが昔
こどもたちに教えるために言った言葉を
持ち出して
自分の正当性のために
相手を責めるために
使います

いやいや、
そういうことで言ったんじゃないしね(^^;



そう思いを巡らしつつ
親としては
ただただ祈るのみです
早く仲直りしてくださいと。。
そういうときは
神様に祈るというよりも
こどもたちの心に向かって祈ってる気がします


戦後70年の節目の年もあと1ヶ月と少しとなった先日
パリで同時多発テロが起こりました


わたしたち人間の親である神様は
この顛末を
どのような心持ちで見守っておられるでしょう?

どちらが勝っても負けても
親神様は悲しんでおられるに違いありません

さて昨夜
勃発した我が家の兄弟喧嘩は
夕方には仲直り出来たようです

でもきっとまた喧嘩するでしょうね(^^;

本人たちが喧嘩するたび
「お互い」に気づき
「お互い」に内省し
「お互い」に改まる
というふうに成長してくれたらと願います

でもなかなかね。。。
親には「待つ」という辛抱しかないのでしょうか

テロにしても戦争にしても。。。

自分たちが正義で悪しき相手を退治する
たとえそれで決着がつき
勝ち組が負け組を支配しても

それは真の平和ではないのです
親神様からしてみれば。。。。

人もわが身もみな人


太古の昔から繰り返されてきた
国、民族、宗教の争いごと
親神様の辛抱ははかり知れません


本日も読んで頂き
有難うございました
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渋柿

11 10, 2015



前回は長男の入院中でしたが
その後無事に退院させていただき
また、教会の大祭も滞ることなく
仕えさせて頂くことが出来ました


昨日は関係教会の大祭参列御用で
早朝から出掛けました

いつものように主人の母に前日から
教会に来て頂きこどもたちのことを
お願いしてのことです

関係教会のHD教会へ到着すると
A先生がおられました
HD教会の隣接の教会長先生で
ここでしかお会いすることが
ないのです

祭典後の暫しの間A先生と
お話をさせて頂くことを
わたしはいつも楽しみにしています

今回も色々お話を聞かせて下さいましたが
成り行きで
夫婦の話になりました。

A先生が
「そういえば家内が、Wちゃん(わたしのこと)は旦那さんにお礼申さないといけんと、言うてたよ」
と言われるので

「そうですねー!本当にそうです!頭では分かってるんですけど、なんだか素直に御礼が言えません!(笑)信心してくれたらいいのにとつい思ってしまうんですよ(苦笑)」
と言うと

「渋柿の渋はそのまま甘味かな」っていう歌があるからねと仰いました

渋柿は渋いがいよいよ熟すと甘柿よりも甘くなる

人もみんな我情我欲という渋をそれぞれに持っている。信心辛抱させて頂くことでそれが美味しい甘味になる。渋がなければ甘くなりようがない
そんなお話でした。

そして
A先生曰く
「わしも家内に辛抱かけた、そういう自分に(信心の末に)ようやく気がつかされた」というようなことを仰いましたので

「わたしも間違いなく主人に辛抱かけてるんです。とうに夫婦の縁を切られて出ていかれても仕方ないと思うのですが、子は鎹だからでしょう、これまで主人が教会から出ていくことはなかったです。それが有り難いと思います」

というと
「そうじゃなあ、そこに気がつけることがおかげしゃなあ」
「わしもあんたももともと教会育ちじゃから、連れ合いがどれだけ辛抱しとるかが見えないからなあ」と仰いました

するとそれを聞いていたHD教会長の奥様が
「わたしも教会には住みたくなかったわー(苦笑)」とため息交じりで仰いました。
ちなみに奥様は一般の家庭からHD教会にお嫁さんに来られた方です
いつも教会長先生を献身的に支えておられる奥様ですから
その一言はわたしにとってとても衝撃でした。。。

わたしは
主人に辛抱かけているということは分かってるつもりでしたが
「分かったつもり」になってるだけで
実際の主人の心を
「分かりようがない」わたしなんだなと
思いました
自分の中の渋のひとつを見つけた気持ちになりました

A先生とのお話は尽きませんが
お広前では親先生が教話されていますので
お広前に出ると

「今天地の開ける音を聞いて目を覚ませ」というみ教えのお話をされているところでした。

すでに神様のおかげの中に生かされて生きているということ

何度となく同じ話を聞いたのですが
また新しい感慨をもって
胸に迫ってきました


本日も読んで頂き
有難うございました
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赤い屍体が訴えるもの

10 24, 2015


長男が先週末に喘息の発作を起こして
入院しました
それでわたしも付き添いで
一緒に入院中です(>_<)

しかしおかげさまで
沢山の方々のお祈り添えを頂き
治療の甲斐あって
長男は快方に向かっています

付き添いも暇ではないのですが
手が空いたときに
本を読んでいます

今読んでいるのは
立花隆さんの
「シベリア鎮魂歌」という本です。
この本では
画家の香月泰男のゴーストライターとして
立花氏が執筆したという
「私のシベリヤ」(現在は絶版)
が収録されてあります


わたしは当初この「私のシベリヤ」が
読みたくてこの古本を取り寄せました。
しかしなかなか読む時間が取れず、
一年以上ねかせていました(^^;

さてわたしが
香月泰男さんという画家と
香月泰男さんが描かれた
「シベリア・シリーズ」に興味を持ったのは
香月泰男さんの絵が掲載されている
とある画集を父が生前購入していたからです。

その画集というのは
「きらめく北斗星の下で ーシベリア抑留画集ー」
というものです

わたしは
その画集が父の手元に初めて届いた日のことを今でもよく覚えています

その画集の発行が
1989年となっていますので
わたしが高校生の頃のことです

父が届いたばかりの画集を手に取って
無言で一枚一枚ページを丁寧にめくる背中を眺めながら

「お父さんは何を真剣に見入っているのだろう?」とわたしは思いました
そんなわたしの気配を察してか
父は後ろを振り向き
「見てみるか?」
と画集をわたしに見せてくれました

父から画集を渡されたわたしの目に
表装を占めている
香月泰男さんの絵が強烈な印象で
飛び込んできました。

気持ち的に「引いてる」わたしの心を見透かしたのか
父は苦笑いしながらすぐにわたしから画集を受け取ると
またこちらに背中を向けて
まるで大事なものを抱え込んで独り占めするかのごとく
再び画集に見入ってました。

その時の父の背中が今でもわたしの心から消えることはありません

父にとってシベリア抑留とは何だったのか?
父にとって戦争とは?

父が亡くなってから
あの日の父の背中を思い出すたび
そのことを知りたくなるのです

あの時の苦笑いする父の気持ち
「言っても分からんだろうなあ」という
父の諦めの心を今更ながら感じるのです

その
「分からんだろうなあ」
という内容を知りたいと日々求めているところです

シベリア抑留者である画家香月泰男さんが生前語ったものを
立花隆さんが文字として起こした
「私のシベリヤ」

その中で
シベリア・シリーズの
「1945」
という絵について語られています。

この絵には屍体が描かれています

それはじつは香月泰男さんが
終戦直後の満州で見かけた赤い屍体と
帰国して写真で見た広島の原爆で黒こげになった黒い屍体が
重ね合わさってくるなかで描かれたそうです

香月泰男さんは
「黒い屍体」によって日本は戦争の被害者意識を持つことが出来、それは語りつがれ尽くされてきたといいます

では満州で見かけた「赤い屍体」はどうなっているだろうか?

この赤い屍体は何かというと
それは満人(中国人)に「日本人即親の仇、兄弟の仇」と恨みを買い、衣服を剥ぎ取られ、皮膚を剥ぎ取られして私刑を受けた日本人なのだそうです。
つまり加害者の死の姿なのだと。


シベリア抑留の憂き目にあった人にしか
この赤い屍体の心は
分からないのではないでしょうか?

父がわたしに言った
「分からんだろうなあ」には
世代の差もさることながら
同じ日本人でも分かり得ない
通じないという体験をした父の
気持ちの一端からこぼれでたものが
混もっていたのだろうと思うのです

本日も読んで頂き
有難うございました


父が遺してくれた画集のHPがあります
よかったらご覧下さい
香月泰男さん以外の画家の皆さんの作品も沢山掲載されています

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

きらめく北斗星の下でーシベリア抑留画集






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食物は人の命のために。。。

10 12, 2015



お久しぶりです
近頃は
1ヵ月に1度くらいの更新ペースですが
元気で過ごしております


さて
最近のわたしは
豆乳を毎日飲んでいます

豆乳
実は食わず嫌いで一滴も飲んだことが
ありませんでした

いつもコーヒーに牛乳を
入れて飲んでいましたが
それを豆乳に変えて
朝と午後、時々夜に飲んでいます

豆乳を飲もうと思ったきっかけは
大豆に含まれるイソフラボンが
女性のホルモンバランスを整える
ということを今さらながら知ったからです

鬱状態が続くことは
ここしばらくありませんが
毎月
生理前の調子が
いつもあまりよくありません
所謂PMS(生理前症候群)というものです
特にひどく落ち込んだり
イライラが酷くなったりと
精神面の症状が強くなることが
多いのです

これはホルモンの変化の関係でそうなるのだそうです

PMSに効くサプリや漢方を
試したことがありますが
一時的には効果があるものの
思うほど効かなくなっていったり
何よりも
けっこうなお値段で
継続出来なかったり。。。(^^;

それで豆乳なら継続出来るかもしれないと思い
最初は一番小さい紙パックのものから
始めました

そうしたらわたしには
とても合っていたようで
飲み始めてからとても調子がよいのです

とは言え味は苦手なので
無調整のものをコーヒーに入れて
飲んでいます

ちなみにイソフラボンは
摂取し過ぎるのは良くないらしく

コーヒーと一緒にソイラテにして一日カップ数杯飲むくらいが丁度よいようなので
わたしにとって無理がないことがとてもいいです

今ではソイラテに入れるお砂糖も
てんさい糖にしたり
たまにきな粉を入れたりして
楽しんでいます




わたしは以前から
食物を選んで食べるというのは
あまり好きではありませんでした

昔あるご婦人のご主人が糖尿病になり
食事管理の為に一生懸命勉強されました
ご主人は奥様の完璧な管理のもとで
食事をされることに努められました

その奥様の食べ物に対する知識は素晴らしいものでしたが
それは時に食べ物に対する不平不足に繋がりかねないこともありました
そういう有り様を目にすると

「食物はみな人の命の為に天地の神の造り与えたまうものぞ」
「何を飲むにも食べるにも有り難く頂くことを忘れなよ」
と金光教のみ教えにあるのになあと
若いわたしは思いました

しかし
自分が歳を重ね
40代を過ぎて色々な体調の変化を感じるこの頃
健康に興味が出てきて
健康スペシャル的な番組を
夫婦で
選んで観るようになったりすると
何となくあの奥さまが
一生懸命勉強された気持ちが分からせて
頂けるようになりました

ただ先日も主人がテレビを観ながら呟いていました
あの食べ物が良いとか悪いとか
言い始めたらキリがないなあと。。。

食べ物ひとつとっても
良い部分悪い部分があるものです

でもそれは必要だから神様がお造り下されてあるんですよね

食物のお働きを生かすにしても無駄なことにしてしまうのも
こちらの頂き方次第のように気がします

食物のお働きを病気の元にしない
頂き方を工夫していくことが大切なんだと思います



ちなみに現在は
随分ご高齢になられた御夫婦ですが
ご主人は今も元気で長生きのおかげを頂かれています
そして奥様の方は数年前から認知症で
施設に入院されています

ご主人は今自分が健康のおかげを
頂けているのも妻のおかげだと
仰って今は奥さまの立ち行きのことを
神様に願っておられます

自分の身体も自分の思い通りにならないのが人間なんだと思います。
食物を頂くことが出来なければ
命を保つことが出来ない人間。

その人間を生かすために
必要との思し召しで
食物をお造り下さった神様の心を
無駄にしない頂き方にならせて頂きたいです


わたしの身体にとって大豆のイソフラボンのお働きは特に必要なもののようです
しかし他の食材にも
神様の人間を思う心が満ちているということを忘れず
有り難く頂く、無駄にしない頂き方の
稽古をさせて頂きたいと
改めて思うこのごろです



本日も読んで頂き
有難うございました



追伸
写真は教会の境内に出来た無花果です
一切世話をしなくてもどんどん実がなっていきます
実が大きくなって色がついて
上を向いてなっていたのが下を向き、割れそうになるくらいが食べ頃だと
最近悟りました(笑)
無花果ひとつにしても
ただ自然に勝手になっていると
思えばそれまでですが
このひとつひとつに神様の
人を思う心があると思うと
美味しさもひとしおなんですよ(o^-^o)


いざという時に間に合う信心

09 10, 2015


久々の更新です。
最近また
かなりのんびり更新に
なってますね。。。

いつも更新を待って下さってる皆様
大変申し訳ございませんm(__)m

その後
体調は元気のおかげを頂いてます

ただ、有り難いことに色々な御用に
使って頂いているのですが
そのおかげで手元が手薄になっております(^^;

御用に使って頂けることが有り難くて
ついつい喜んでお引き受けしたものの
気がつけば
自分の裁量以上のことになっている
ようなことで
一つ一つが疎かになり
忙しない中で気がはいらず
色々抜けたり失敗したりして
逆にご迷惑をおかけしたりすることもあり(>_<)
ただただ沁沁と反省し、
御用が全う出来るよう
改めて神様にお願いさせて頂くこの頃です(^^;

さて気がつけば夏休みも終わって
鈴虫の音が耳に心地よい季節に
なっておりました。。。

この夏を振り返ってみると
忘れてしまいそうなほど沢山な
おかげを頂いていることに
気がつかされます

今年の夏休みは特に
今しかさせて頂けないことを
沢山させて頂けたと思います

とある近隣教会での講師御用
今年で最後の幼稚園のイベントの準備
戦後の70年の広島、山口の平和集会参加
親教会のブラスバンドに入れて頂いての
少年少女全国大会参加

などなど

本当にもったいないことです

しかしもっともおかげを頂いた
出来事がありました

実は
夏休み直前のことでしたが
主人の父が急性心筋梗塞で倒れました

一時はとても危険な不整脈も出て
助かるかどうか五分五分と言われ
緊急手術となりました
結局1ヶ月後
無事に退院のおかげを
頂かれました


術後ICUの義父を見舞った時のことです
意識はあるものの
酸素吸入をしていて
声が出しづらい中
わたしの姿を見ると
手を合わせて
頭をもたげようとされるので
わたしが
「神様にお願いさせてもらってますよ」
と声をかけると
「うんうん」と力強く頷かれるのです

その帰りに
主人と二人で親教会にお引き寄せ頂き
義父のことを共にお取次頂くことが
出来させて頂きました

義父はその後
どんどん回復のおかげを頂かれ
こどもたちとともに
次にお見舞いに行かせて頂いたとき
わたしがお渡しした御神米を
胸に抱えて
「朝晩お願いしよるよ」と仰いました

素直に神様を拝む心になられている
義父の姿がとても有り難く
ああ、絶対おかげを頂かれるなあと
わたしは心の中で納得しました

退院後は
以前のように重労働は出来なくなったものの元の元気なお姿に戻りつつあり
本当にうれしく有り難いばかりです


義父は若い時から家族の為に
昼夜の別なく働いていたそうで
だからこそ身体もボロボロなんだろうと義母が
仰っていました

そんな義父は今年74歳
奇しくもわたしの実父が同じ
急性心筋梗塞でお国替えしたのと同じお歳なのです

義父が倒れた日の朝
実はわたしの母が夢枕に立ち
この一大事を知らせて下さいました

考えてみれば母10年の節目の年

このことから
わたし自身も
この義父の病気を通して
しっかり信心を頂き直せと
神様が差し向けて下さった事柄と感じました

振り返って考えてみれば
これまでは義父母には
助けてもらってばかりの愚嫁でした(^-^;
どれだけ義父母に喜んでもらえることが
出来ただろうか?と思います

せっかく神様が親孝行する時間の
猶予を与えて下さったのだから
これからもお世話になりつつ
少しでも喜んで頂けるような嫁にならせて
頂きたいと改めて思います

それから
「痛いのが治ったので有り難いのではない。いつも壮健(まめ)なが有り難いのぞ」
「日に日に生きるが信心なり」
とのみ教え通り

常日頃どのような生き方をしているかというところが一番問題だろうと思います

義父はいつも教会へ来られたときに
人知れずお広前で神前霊前に
手を合わせて拝まれていました
大祭前の御用の時には
黙々と拭き掃除の御用をされる
義父の姿がありました

義父は若い頃から家族の為に
昼夜の別なく働く人でした

義父は信心の理屈は知らないですが
真心のある方だと思います

こういう義父の姿から

常日頃のことを大切にさせて頂きたいと
思わされています


本日も読んで頂き
有難うございました
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泰けき世を

07 23, 2015



忙しさにかまけて
またまた更新が疎かになっておりますf(^_^;

今月は夏季信行期間ということで
願いを立てて取り組ませて頂いている
最中です
心身ともにおかげを頂いてのことで
有り難いことです(o^-^o)

さて先日のことですが
第70回金光教広島平和集会に
家族で参加させて頂きました

広島平和集会にはこれまで数回しか
参加させて頂いたことがありません

今年は原爆投下から70年という節目の年で
是非参加のおかげを頂きたい、
出来れば家族と共に。。という願いを持たせて頂いて取り組ませて頂きましたが、
願い通りのおかげを蒙らせて頂きました。

ちなみに
このブログでも
平和についての記事を更新したいと思っていたのですが、全く進まず(^-^;で、
ただただ申し訳ないことです。。。

さて
広島平和集会で心に残ったのは
慰霊祭の祭詞と吉備舞です。

過ちは二度と繰り返しません
そんな誓いのこもった祭詞でした。
ご祭主の先生の実体験から練り出されたと思われる切なる願いが胸に迫りました。


吉備舞は2曲奉納されました

1曲目は「四季之気色~春~」

お子さん達の舞姿を見ながら
「平和の尊さ」を思いました。
こどもたちがこどもらしく
遊び学び出来るということは
戦争を知らないわたしたちには
ごく当たり前のことなのですが
戦禍の犠牲となったこどもたちには
夢のまた夢であったのです

もちろん今現在も中東を始めとする
紛争地域では
沢山のこどもたちが
遊ぶことも学ぶこともままならず犠牲となっているのですが。。。



2曲目は「平和の祈り」

わたしは初めて拝見させて頂きましたが
パンフレットにも載っていた
歌詞に感銘を受けました。
男性の迫力ある歌声と男舞で
いつもの吉備舞とはまた一味違いました


戦争の悲惨さと平和への誓いを
見事に表現されてある
とても説得力のある舞でした。

この記事を書いている最中に
こちら↓のブログを読ませて頂き

a1のまったり楽らいふ「平和の祈り」

この吉備舞の動画があることを知りました

動画を作成された先生から
ご許可を頂いたので貼らせて
頂きます(^-^)ぜひご覧ください↓



特に最後の

「泰(やす)けき世をぞ 築(つ)き行かむ」

というところは
現在の我々に託されていることだと
改めて考えさせられました。

今の平和な時代にただ甘んじて生きるのでは
足らないなあ
今の平和な日本は
数多の人の戦争の犠牲の上にこそ築かれていることを
真からわからなければと思います。
そしてそれを伝えていくことを
怠ってはならないと思いました。

犠牲となられた御霊様の心が分からせて頂き
それをまだ見ぬ子孫に確かに伝えていくこと

今のわたしたちには大切な役目があるのです

さて
一緒に行かせてもらった主人やこどもたちは何かを感じてくれたかしら。。

一見???な感じのようでした

拝んだり歌ったり踊ったりに
何の意味があるのか?
と思ったかもしれません

打っても響かないとは
まさにこのことでしょうか

主人やこどもたちだけを責めている
わけではありません

わたしも実は
打っても響かない人でしたからね

父が生きている間に
シベリアに抑留された父の体験に
耳を傾けることもなかったし
知りたいとも思っていなかったわたしです

まず「知る」ことは大切ですが
「知っている」だけでは本当のことは
伝わってはいかないなあと思います

今の日本は教育は行き届き
平和学習もされています
来年は長女が修学旅行で広島に再び行く予定です

昔戦争があって大変だったことは
大概の人は「知っている」

広島と長崎に原子爆弾を落とされて沢山の人が亡くなり、戦後も後遺症で多くの人々が苦しんできたことは
皆「知っている」

「知っている」人は多いでしょう

しかし、
それが一体どういうことなのか
自分自身の身から
真にわかることが出来ている人は
少ないのではないかなあと思います


かつて
わたしがそうであったように
主人やこどもたちの心に
今は響かなくても
いつか何かをきっかけにして
この平和集会に参加させて頂いたことを
思い出し
「知っている」に留まらず
平和の有り難さに気づき
自分の手元から平和な世を築くことに
努める人になってもらいたい
そう改めて願いを込めさせて頂きました

まずは自分の手元からです
肝に命じます


本日も読んで頂き
有り難うございました

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信心の指南役

06 14, 2015



先代教会長の母がお国替えして10年
そして間もなく
母の跡を受け
教会長の御用にお取り立て頂いて
10年を迎えます

我ながらよくここまでこれたなあ
と思います

いやいや
神様と御霊様のお導きとお守りを
頂いてこそです。改めて
そう感じています

振り返って考えてみると
この10年本当にいろんなことがありました

喜びも悲しみも苦しみもあり
いろんな変化が起こる中で
自分自身が相変わらず御用にお使い頂けていることがとても有り難いです

そしてこの10年相変わらず
家族や信者さんに支えられてきました


特に主人には辛抱させていたことと
思います
この主人なくしては
わたしはきっと御用が務まらなかった
と思います

それに夫婦の間でもいろいろありました
時には離婚しようと思ったことも
ありました
主人もわたしと結婚したことを
さぞ後悔したことでしょう(苦笑)

しかし、改めて考えてみますと
やはり主人とはご神縁だなあ
神様が出会わせて下さったなあと
今は感じています

それは
わたしの信心は
この主人を通して
鍛え育てて頂いたと思うからです
結婚する前のわたしの信心は
今思えば
ほんの真似事に過ぎませんでした

いわば主人はわたしの信心の指南役です

ちなみに主人は未だ未信奉者でありますが
神様が主人をわたしの信心の指南役として
使って下さっていると思うのです

これまではわたしが独りで御用していると
思っていました
でも今はそうじゃないなあと思います

支えられて鍛えられて育てられてこその
わたしの信心わたしの御用です

信心のない主人と共に暮らすことで
あぶり出される自分の本当の己の姿
わたしは
それから逃げずに
真摯に向き合っていくこと
そして真心を現すこと
これを修行と心得て
これからもいきたいと思います

もちろん
こどもたちや信者さんも
みなわたしにとって
大切な大切な
信心の指南役です

お互い
育て合い
育ち合い

その心を忘れずにこれからも
共におかげを蒙らせて頂きたいです



本日も読んで頂き
有難うございました
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母の信心を杖にして

05 13, 2015


昨日12日は
母が御国替えして10年の
祥月命日でした

4日には
教会の天地金乃神大祭に引き続き
母の10年祭を親教会の親先生ご祭主で
ご奉仕のおかげを蒙り

8日のわたしの誕生日には
霊前と墓前にカーネーションを
お供えさせて頂きました

御霊様のお守りとお導きを
頂いて10年
ここまで歩むことが出来ました

そもそも
わたしは両親の信心がなかったら
殊に母の信心と信念がなければ
生まれてくることは出来なかったのです

その事に改めて気がつかせて頂く10年でした



母が46歳の時
わたしは生まれました

母は40歳で父と結婚のおかげを頂きましたが
すでに高齢ということもあってか
なかなかこどもに恵まれませんでした

そんな中でも母は決して諦めず
「神様の親心を分からせて頂く為に
 子をお授け下さい」
と願い続けて下さいました

母は幼い頃の栄養失調が原因で
若い頃から片目の視力は殆どなく
もう片方も弱視の状態でした

わたしが母と同じ状況なら
妊娠、出産、育児はあきらめていたと思います

でも母は諦めずに願い続けて下さいました

ある時母は
お結界のへぎ盆の上に
葡萄がお下げになっている夢を見たそうです

「これはおかげのお知らせに違いない」
と母は思ったそうです

そしてそれから間もなく
葡萄の旬を迎える頃
わたしを妊娠していることが
分かったそうです

それからも決して順調ではありませんでした

高齢での初の妊娠
妊娠中毒症の発症
万が一のことがあれば
自分の命さえ危うい状況下です


信者さんの中には
喜んで下さる声と
先々を心配する声と
真っ二つに別れたそうです

それでも母は

「神様が授けて下さったのだから、
決して悪いようにはなさらない」

との信念を貫き出産に挑みました

出産は帝王切開で行われました
お腹を開けて見れば
そこに子宮筋腫があり
わたしの出産と同時に
母は子宮と卵巣を失いました

本当にギリギリのところで
わたしはこの世に命を授かりました


この時の母の信心と信念は
その後の母自身のピンチを助けました

わたしが中学2年生のとき
母は脳梗塞で倒れ
左半身不随の不自由な身体と
なりました

自分のことさえままならなくなり
悲嘆に暮れる日々を送る中で
ふと母はわたしのことを思わされ

「この子が御用に立たせて頂くまでは
 まだわたしの御用は終わっていない」

と再び奮起してくれたのは
まさに
「親神様の親心を分からせて頂きたい」
との願いを神様がお受け取り下さって
子を頂き母親にならせて頂けた
そのご恩にまだ報いきれていないことに
母自身が気づかされ
「これではここまでおかげを下さった親神様に
あいすまない」
そんな気持ちにならされたのではないかと
思うのです


時は過ぎ
今から10年前

わたしも結婚させて頂き
長女出産のおかげを頂いて
母にならせて頂いたと同時期に
母はお国替えさせて頂きました

母が神様から託された
御用を今度はわたしが
引き継がせて頂いたかの如くです

しかしわたしときたら
母の代から
これほどのおかげを頂いておりながら 
そのおかげになかなか気がつけず
信念も貫けず 
揺れに揺れたこれまででありました

親神様も母の御霊様も
さぞかし
ヒヤヒヤなされたと思います

まだまだ
母のような揺るぎない信念は
持ち得ておりませんが
これまでの母の信心の軌跡を杖に
これからもお育て頂き 
家族一同で
親神様と御霊様のご恩に
報いさせて頂けるように
ならせて頂きたいです


本日も読んで頂き
ありがとうございました


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fonwaka2

Author:fonwaka2



ご訪問ありがとうございます

わたしは
金光教の教会に生まれ育ちました
現在は
生まれた教会を継いで
教会長として御用しています

会社員の夫と
3人のこどもたちに恵まれ
賑やかな日々を送りつつ
信心の稽古に励んでいます

このブログは
一枚のフォトと共に
主にわたしの過去と現在の
信仰生活について
綴っています。

自分自身の為に
わたしの有り様を見つめる為に
綴る日誌です。

さらに
ブログを読んで下さってる
皆さんの御心が
少しでも癒され
和んでいただけるような
ブログになることを
願いつつ綴るものです。

わたしにとっても
皆様にとっても
幸せって何だろう?
生きるってどういうことだろう?
日々の忙しさの中で
ついおざなりになっていることを
ひとつひとつ拾いあげ
改めて考え気づく場であってほしいと
願っています。


これまで
読んでくださっている方々も
これから
読んでくださろうとしておられる方も
信仰をお持ちの方も
そうでない方も
ここで出会ったのも
何かの御縁
末永く
よろしく御願いします^^  


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